水の神様のクニ ― 宇太水分神社 ~ 大和国四所水分社 宇陀市菟田野区
宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)。
葛城水分神社、都祁水分神社、吉野水分神社とともに大和国四所水分社の一つとして古くから信仰されてきました。

見事な朱色の中社。
2003年。
社殿の塗り替えの時に、わずかに残された色彩が発見されました。
これを元に復元されました。
水の神様の鎮座するだけに、こちらもシュッと天へ延びる木々が目につきます。
本殿脇にそびえる宇太水分神社の「夫婦杉」
瑞垣に囲まれたこの場所は、鳥居から入ったすぐにあります。
こちらはテレビなどで有名なパワースポット
だそうです。
瑞垣の中は、うっそうと暗い広場になっています。
片隅に稲荷神社があります。
案内には祓戸社(はらへどしゃ)ともありましたが、祠らしきものは伺えませんでした。
この領域自体が、不浄をはらってくれるような錯覚すらしましたね。
その傍に、異様な姿でたたずむ巨木があります。
その表皮はまるで巻き上がる風を思わせます。
「頼朝杉」(二代目)とありました。
源頼朝が、ここに詣でたときに、杉苗を植えた伝説があります。
「この杉苗が大きく育つことがあれば、自分も天下を治める大将軍になることができるだろう」と誓いをたてたそうです。
手水が蛙というのが珍しかったですね。

宇太水分神社。
ここが町中とは思えないほど、安定感に満ちています。
「大和豊年、国飢饉」(やまとほうねん、くにききん)という言葉があります。
これは雨が少ない大和盆地のことを如実に表しています。
作物が充分育つほどの雨が大和盆地にもたされた年は、周囲の地方は雨が多すぎて、日照時間が少なくなり飢饉になることを指しています。
このような謂れのある大和盆地にあって、宇陀、吉野は例外的に雨が多い地域です。
そこに水の神様を祀る神社があるのは、やはり水の神様が鎮座されているからでしょうか。
>「駆け巡る奈良!屏風岩お花見 ~ 伝説のライターさんといくDeep宇陀紀行」より
葛城水分神社、都祁水分神社、吉野水分神社とともに大和国四所水分社の一つとして古くから信仰されてきました。

見事な朱色の中社。
2003年。
社殿の塗り替えの時に、わずかに残された色彩が発見されました。
これを元に復元されました。
水の神様の鎮座するだけに、こちらもシュッと天へ延びる木々が目につきます。
本殿脇にそびえる宇太水分神社の「夫婦杉」
瑞垣に囲まれたこの場所は、鳥居から入ったすぐにあります。
こちらはテレビなどで有名なパワースポット
だそうです。瑞垣の中は、うっそうと暗い広場になっています。
片隅に稲荷神社があります。
案内には祓戸社(はらへどしゃ)ともありましたが、祠らしきものは伺えませんでした。
この領域自体が、不浄をはらってくれるような錯覚すらしましたね。
その傍に、異様な姿でたたずむ巨木があります。
その表皮はまるで巻き上がる風を思わせます。
「頼朝杉」(二代目)とありました。
源頼朝が、ここに詣でたときに、杉苗を植えた伝説があります。
「この杉苗が大きく育つことがあれば、自分も天下を治める大将軍になることができるだろう」と誓いをたてたそうです。
手水が蛙というのが珍しかったですね。

宇太水分神社。
ここが町中とは思えないほど、安定感に満ちています。
「大和豊年、国飢饉」(やまとほうねん、くにききん)という言葉があります。
これは雨が少ない大和盆地のことを如実に表しています。
作物が充分育つほどの雨が大和盆地にもたされた年は、周囲の地方は雨が多すぎて、日照時間が少なくなり飢饉になることを指しています。
このような謂れのある大和盆地にあって、宇陀、吉野は例外的に雨が多い地域です。
そこに水の神様を祀る神社があるのは、やはり水の神様が鎮座されているからでしょうか。
>「駆け巡る奈良!屏風岩お花見 ~ 伝説のライターさんといくDeep宇陀紀行」より




