聖と鹿 ~吉野郡 竜門の民話 【宇治拾遺物語】
昔、吉野郡の竜門に一人の聖(ひじり)が住んでいました。
ある日のこと、隣村の寄り合いに呼ばれ帰りはすっかりと遅くなりました。
村の境から深い山道にさしかかたとき、何かにつまずき転んでしまいます。
なにかと思えば、大きな鹿が道のまんなかで横たわっているではありませんか。
「おお、どうしたことだ」
鹿の急所の額には、矢が突き立っていました。
聖が灯(ともしび)をつけて、あたりをみまわしました。
すると茂みから一人の男がでてきました。
「お前は、川むこうの介玄(すけくろ)ではないか。」
「ああ、これはこれは。
まさかこんな時分に人が通るなんて、間違って射るところでしたよ。」
「これはなにごとだ介玄、みんなお前が仕留めたのか。」
聖は灯をあたりにかざすと、いたるところで鹿の死体が、ごろごろ転がっているではありませんか。
「無益な殺生をしているのではないな」
介玄はただただ笑ってごまかすばかりでした。
・・・
翌日、聖は介玄のことが気になり、家を訪れました。
介玄は留守で、幼い弟がでてきました。
家の外、中と鹿の死骸が無造作に転がっているではありませんか。
聞けば、皮を売るにも、肉や薬にするも追いつかないほど、鹿をとってくるとか。
「兄ちゃん、最近おかしいんだ。やっきになって鹿ばかりとってくるんだ」
ひどいときには、狩ってはそのまま打ち捨ててしまうそうな。
聖は介玄に無益な殺生をやめるようにと説得しました。
介玄は、ヘラヘラとのらりくらりとするばかりで、まともに聞こうとしません。
あまりにも聖がくいさがるので、怒って弓に矢をつがい聖を脅す始末でした。
・・・
またその夜、介玄は狩りに出て行きました。
山には鹿の通り道があり、そこではおもしろいほど、鹿が獲れるのです。
今夜は、茂みの中に横になって寝ている鹿を見つけました。
矢をつがい、狙いをさだめます。
じっと集中し、矢を放ちます。
「グワッ!」
いつもと違う手ごたえに介玄はいぶかりました。
駆け寄ってみると、なんとそれは鹿の皮をまとった人間でした。
介玄は血の気が引きました。
あの聖ではありませんか。
脇腹に自分が放った矢が深々と刺さっています。
「ど、どうしてこんなことをなさるのですか!」
「つね日ごろからそなたをいさめても、少しも聞いてはもらえないのだから、
こうして今晩は鹿の身代わりになって、そなたに殺されたのならば、
そなたも殺生をやめるだろうと思った。
ここで射られて死のうとしていたのだ。」
と、聖はその決意のほどを介玄に話しました。
介玄は大地に臥して大声で泣き出し、なんどもなんども聖に謝りました。
やがて刀をぬき弓をきりすて、髪もきってしまいました。
そして二度とこのような殺生をしないと誓い、聖の弟子になることを懇願しました。
・・・
聖が亡くなった後、介玄は誓い通り殺生をやめて、ひたすら仏の教えにしたがい、竜門で修業を重ねたそうです。
>鹿殺し裁判 ~ 京都奉行所・所司代 板倉内膳正重矩、御成りぃ!
ある日のこと、隣村の寄り合いに呼ばれ帰りはすっかりと遅くなりました。
村の境から深い山道にさしかかたとき、何かにつまずき転んでしまいます。
なにかと思えば、大きな鹿が道のまんなかで横たわっているではありませんか。
「おお、どうしたことだ」
鹿の急所の額には、矢が突き立っていました。
聖が灯(ともしび)をつけて、あたりをみまわしました。
すると茂みから一人の男がでてきました。
「お前は、川むこうの介玄(すけくろ)ではないか。」
「ああ、これはこれは。
まさかこんな時分に人が通るなんて、間違って射るところでしたよ。」
「これはなにごとだ介玄、みんなお前が仕留めたのか。」
聖は灯をあたりにかざすと、いたるところで鹿の死体が、ごろごろ転がっているではありませんか。
「無益な殺生をしているのではないな」
介玄はただただ笑ってごまかすばかりでした。
・・・
翌日、聖は介玄のことが気になり、家を訪れました。
介玄は留守で、幼い弟がでてきました。
家の外、中と鹿の死骸が無造作に転がっているではありませんか。
聞けば、皮を売るにも、肉や薬にするも追いつかないほど、鹿をとってくるとか。
「兄ちゃん、最近おかしいんだ。やっきになって鹿ばかりとってくるんだ」
ひどいときには、狩ってはそのまま打ち捨ててしまうそうな。
聖は介玄に無益な殺生をやめるようにと説得しました。
介玄は、ヘラヘラとのらりくらりとするばかりで、まともに聞こうとしません。
あまりにも聖がくいさがるので、怒って弓に矢をつがい聖を脅す始末でした。
・・・
またその夜、介玄は狩りに出て行きました。
山には鹿の通り道があり、そこではおもしろいほど、鹿が獲れるのです。
今夜は、茂みの中に横になって寝ている鹿を見つけました。
矢をつがい、狙いをさだめます。
じっと集中し、矢を放ちます。
「グワッ!」
いつもと違う手ごたえに介玄はいぶかりました。
駆け寄ってみると、なんとそれは鹿の皮をまとった人間でした。
介玄は血の気が引きました。
あの聖ではありませんか。
脇腹に自分が放った矢が深々と刺さっています。
「ど、どうしてこんなことをなさるのですか!」
「つね日ごろからそなたをいさめても、少しも聞いてはもらえないのだから、
こうして今晩は鹿の身代わりになって、そなたに殺されたのならば、
そなたも殺生をやめるだろうと思った。
ここで射られて死のうとしていたのだ。」
と、聖はその決意のほどを介玄に話しました。
介玄は大地に臥して大声で泣き出し、なんどもなんども聖に謝りました。
やがて刀をぬき弓をきりすて、髪もきってしまいました。
そして二度とこのような殺生をしないと誓い、聖の弟子になることを懇願しました。
・・・
聖が亡くなった後、介玄は誓い通り殺生をやめて、ひたすら仏の教えにしたがい、竜門で修業を重ねたそうです。
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