夜、稲穂をはむ怪物。 ~ 絵師 狩野法眼元信 ― 神波多神社 山辺郡山添村 民話 「波多野村史」
むかし、ある夏のことでした。
諸国行脚するみすぼらしい旅絵師が村におとずれました。
一夜の宿をもとめ、神波多神社の神宮寺に宿泊を許されたのでした。
10日ほど逗留したときです。
絵師はお礼に絵を奉納しようと考えました。
さて、何を描こうと境内をあるきまわったり、考え込んだりします。
やがて、人々が寝静まった丑三つの頃。
神殿の裏でじっと考え込んでいる絵師に月の光が差し込みます。
輝く白壁に、力をこめて筆をはしらせました。
そしてたくましい一頭の牛を描きあげたのでした。
翌日、絵師はふらっと寺を後にしました。
季節は秋になり、黄金色の稲穂が村一面にひろがります。
刈り取りが無事済み、稲架にかけられました。
ところが、一晩たった朝、無残にも稲穂が食い荒らされているではありませんか。
それが翌日も、翌々日にもつづきました。
これはたまったものではない。
村人たちは動物の捕まえようと、夜、番をすることにしました。
田を巡回し、あやしいものの姿がないかあたりを見回します。
すると、もしゃ、もしゃと穂を食む音が聞こえてきました。
月が雲にかくれた暗闇で、なにやら大きな影が穂架のそばに見えます。
すっかり肝をひやした村人は、気をとりなおし、
「こ、こら!稲をあらす奴は、だれだぁ!」
と、声をあげて、影にむかってはやしたてました。
影は、のっそりと動き出し、やがて駆け出しました。
「ま、待てぇぇ!」
村人たちは懸命に、影を追いかけます。
追っていくと、神社の境内へと逃げ込みました。
神殿の裏で影はジッと立ち止ります。
村人は松明をともし、影にかざします。
影の正体は、大きな立派な牛でありませんか。
月が雲からのぞきます。
牛は、月の光を浴びながら、すぅっと・・・白壁へと吸い込まれていきました。
すっかり仰天した村人。
なんということでしょう。
夜な夜な稲穂を食い荒らしていたのは、あの絵師が描いた牛だったのです。
翌朝、村人たちは、絵師を探しました。
伊賀上野城下にいると聞きつけ、連れてきました。
絵師は、ことの顛末を聞くと、牛の絵に松の木を描き足しました。
牛に綱をつけ、その松に結わえたのでした。
それからというものの牛が、夜な夜な悪さをすることはなくなったとのことでした。
牛を描いた絵師は、有名な「狩野法眼元信(かのうほうげんもとのぶ)」と伝えられています。
山添村の中峰山地区の鎮守神波多神社は、「波多の天王さん」で村人たちに親しまれ、崇敬を集めています。
畿内境10ヶ所に祀った疫神のひとつ、大和と伊賀の境に祀られた疫神であるといわれています。
主祭神は素戔嗚命。
「天王さん」とは牛頭天王で素戔嗚命と同神とされています。
山添村では牛頭天王信仰が盛んで、その中心を担っていました。
狩野法眼元信が描いた牛は、牛頭天王の霊力を授かったのかもしれませんね。
>あっ 鳥だ!飛行機だ!天狗の弟子になった他惣治
M0・0・ooooooooo~
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絵師はお礼に絵を奉納しようと考えました。
さて、何を描こうと境内をあるきまわったり、考え込んだりします。
やがて、人々が寝静まった丑三つの頃。
神殿の裏でじっと考え込んでいる絵師に月の光が差し込みます。
輝く白壁に、力をこめて筆をはしらせました。
そしてたくましい一頭の牛を描きあげたのでした。
翌日、絵師はふらっと寺を後にしました。
季節は秋になり、黄金色の稲穂が村一面にひろがります。
刈り取りが無事済み、稲架にかけられました。
ところが、一晩たった朝、無残にも稲穂が食い荒らされているではありませんか。
それが翌日も、翌々日にもつづきました。
これはたまったものではない。
村人たちは動物の捕まえようと、夜、番をすることにしました。
田を巡回し、あやしいものの姿がないかあたりを見回します。
すると、もしゃ、もしゃと穂を食む音が聞こえてきました。
月が雲にかくれた暗闇で、なにやら大きな影が穂架のそばに見えます。
すっかり肝をひやした村人は、気をとりなおし、
「こ、こら!稲をあらす奴は、だれだぁ!」
と、声をあげて、影にむかってはやしたてました。
影は、のっそりと動き出し、やがて駆け出しました。
「ま、待てぇぇ!」
村人たちは懸命に、影を追いかけます。
追っていくと、神社の境内へと逃げ込みました。
神殿の裏で影はジッと立ち止ります。
村人は松明をともし、影にかざします。
影の正体は、大きな立派な牛でありませんか。
月が雲からのぞきます。
牛は、月の光を浴びながら、すぅっと・・・白壁へと吸い込まれていきました。
すっかり仰天した村人。
なんということでしょう。
夜な夜な稲穂を食い荒らしていたのは、あの絵師が描いた牛だったのです。
翌朝、村人たちは、絵師を探しました。
伊賀上野城下にいると聞きつけ、連れてきました。
絵師は、ことの顛末を聞くと、牛の絵に松の木を描き足しました。
牛に綱をつけ、その松に結わえたのでした。
それからというものの牛が、夜な夜な悪さをすることはなくなったとのことでした。
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畿内境10ヶ所に祀った疫神のひとつ、大和と伊賀の境に祀られた疫神であるといわれています。
主祭神は素戔嗚命。
「天王さん」とは牛頭天王で素戔嗚命と同神とされています。
山添村では牛頭天王信仰が盛んで、その中心を担っていました。
狩野法眼元信が描いた牛は、牛頭天王の霊力を授かったのかもしれませんね。
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