春日の神々のたたり ~ 鎌倉幕府の守護・地頭と、武家不入地 ・ 春日大社
嘉元2年(1304)。
鎌倉幕府は全国各地に守護、地頭をおきました。
しかし大和の国だけは例外で、武家不入地としていました。
かわりに興福寺がその任に当たっていました。
ところが興福寺で騒動があり、急遽、鎮圧のため幕府は地頭を置いたのでした。
するとその年の夏のことです。
春日の山々の樹木がいっせいに枯れてしまいました。
木が枯れてしまうということは、神様がお宿りになる場所がなくなるということです。
人々は、春日の神様がこの地を去ってしまわれたと、ウワサしあいました。
この異変を聞いた幕府は、これは地頭をおいたせいではないかと思い、ただちに廃止するときめました。
その知らせが奈良へ届く前の夜のことです。
「春日の神様のお帰りだ!」と声があがりました。
つられて外にでてみると、驚いたことがおこっていました。
参道から本殿の燈篭の明かりが一斉に消え、あたりいったい暗闇につつまれました。
すると突然、四方の空が燃えるように輝きました。
無数の流れ星が、次々と社殿にむかって飛び込んでいきました。
やがて、人がいないはずの暗闇の参道に松明が、二本、ゆらゆらと揺れながら本殿へとむかっていくではありませんか。
・・・
その夜を境に、春日の山々に活き活きとし、緑が戻ったのでした。

鎌倉幕府は全国各地に守護、地頭をおきました。
しかし大和の国だけは例外で、武家不入地としていました。
かわりに興福寺がその任に当たっていました。
ところが興福寺で騒動があり、急遽、鎮圧のため幕府は地頭を置いたのでした。
するとその年の夏のことです。
春日の山々の樹木がいっせいに枯れてしまいました。
木が枯れてしまうということは、神様がお宿りになる場所がなくなるということです。
人々は、春日の神様がこの地を去ってしまわれたと、ウワサしあいました。
この異変を聞いた幕府は、これは地頭をおいたせいではないかと思い、ただちに廃止するときめました。
その知らせが奈良へ届く前の夜のことです。
「春日の神様のお帰りだ!」と声があがりました。
つられて外にでてみると、驚いたことがおこっていました。
参道から本殿の燈篭の明かりが一斉に消え、あたりいったい暗闇につつまれました。
すると突然、四方の空が燃えるように輝きました。
無数の流れ星が、次々と社殿にむかって飛び込んでいきました。
やがて、人がいないはずの暗闇の参道に松明が、二本、ゆらゆらと揺れながら本殿へとむかっていくではありませんか。
・・・
その夜を境に、春日の山々に活き活きとし、緑が戻ったのでした。
