坂上田村麻呂将軍と、弓の名人の伝説 ~奈良市 都祁地区 針 【旧・山辺郡針ヶ別所村】
むかしの山野辺郡に古苑堂という村にひとりの世捨て人がいました。
男は、思い立って、京都で清水寺の建築を手伝いに村を後にしました。
創建したのは田村将軍こと、坂上田村麻呂です。
清水寺ができあがると、堂の下で弓の腕前を披露しました。
ところが、なかなか的にあたりません。
それをみていた男が笑いました。
まわりにいた一同は、男の様子に、田村将軍が怒るのではないかとひやひやしました。
ところが田村将軍は、男の様子にただものではないと思いました。
がぜん興味をいだき「おまえが射てみよ」と言いました。
男が矢を射ると、百発百中で的にあたりました。
それをみた田村将軍はすっかり感心しました。
なんと、男は、針をたてはじめました。
これを的にみたて、射ようというのです。
さすがにこれは、無茶苦茶だろう。
今度こそ将軍の怒りをかってしまうのではないかと一同は固唾をのんでみまもりました。
男は、的の針から百歩離れ、心を静かにおちつけて、静かに、矢を放ちました。
みごと。
矢は針の頭を射ました。
次々と針を射落とす様に、一同は歓喜の声をあげました。
男は、田村将軍から、褒美として坂上の性をたまわりました。
このときから男の故郷・古苑堂の名を、針村と改めたのでした。
(治利、波利とも伝わっています)
現在の都祁地区の、針町、針ヶ別所町、針インターの針T.R.S(はりテラス) のあたりですね。
朱雀天皇の頃、坂上経行という人が、針の製造と、弓術の名人であったと伝えられています。
以前掲載した「針の歴史と坂上田村麻呂伝説 」のもうひとつのおはなしです。
>針の歴史 と 坂上田村麻呂 伝説 ~ 都祁紀行 針インター、針T.R.S(針テラス)
>道の駅 針T・R・S (針テラス)は、都祁(つげ)地区の特産物でいっぱい!
男は、思い立って、京都で清水寺の建築を手伝いに村を後にしました。
創建したのは田村将軍こと、坂上田村麻呂です。
清水寺ができあがると、堂の下で弓の腕前を披露しました。
ところが、なかなか的にあたりません。
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それをみていた男が笑いました。
まわりにいた一同は、男の様子に、田村将軍が怒るのではないかとひやひやしました。
ところが田村将軍は、男の様子にただものではないと思いました。
がぜん興味をいだき「おまえが射てみよ」と言いました。
男が矢を射ると、百発百中で的にあたりました。
それをみた田村将軍はすっかり感心しました。
なんと、男は、針をたてはじめました。
これを的にみたて、射ようというのです。
さすがにこれは、無茶苦茶だろう。
今度こそ将軍の怒りをかってしまうのではないかと一同は固唾をのんでみまもりました。
男は、的の針から百歩離れ、心を静かにおちつけて、静かに、矢を放ちました。
みごと。
矢は針の頭を射ました。
次々と針を射落とす様に、一同は歓喜の声をあげました。
男は、田村将軍から、褒美として坂上の性をたまわりました。
このときから男の故郷・古苑堂の名を、針村と改めたのでした。
(治利、波利とも伝わっています)
現在の都祁地区の、針町、針ヶ別所町、針インターの針T.R.S(はりテラス) のあたりですね。
朱雀天皇の頃、坂上経行という人が、針の製造と、弓術の名人であったと伝えられています。
以前掲載した「針の歴史と坂上田村麻呂伝説 」のもうひとつのおはなしです。
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