奈良誕生秘話 ~王国の鉄。 ~【奈良・大和王国縁起】
奈良が何故、日本最古の都たるものになったか。
海のない山に囲われた盆地から、何故、大和朝廷が発生したのか。
古事記をひもとけば・・・
初代・天皇である神武天皇はなぜ、
外交で栄えた九州を後にし、艱難辛苦の旅をつづけ東征を行ったのか。
そして、神武東征前にいた大和の王朝は、どこへ消えていったのか。
それこそが歴史のミステリーであります。
その起因の一端が大陸・朝鮮からの文化の流入です。
「奈良・大和王国縁起」
弥生時代。
稲作文化が盛んとなった時代。
定住生活がひろがり、やがて、各地域で小国が出現しました。
特に九州方面では、朝鮮半島が近く、交流を深めていたため栄えていました。
そして鉄器が海外より流入したとき、様相は一変します。
鉄は、強力な武器となり、保有量が多い国・九州が、強国を誇るようになります。
やがて鉄は、隣国である中国地方、瀬戸内海の国々、(島根)出雲、吉備(岡山、広島から、香川、兵庫の一部)へと流出します。
この現象は、弥生時代に、戦乱が勃発していたことをあらわします。
畿内での勢力の拡大をおそれた九州は、出雲、吉備を固め、けん制をしかけます。
畿内、ことに大和は、背後に紀伊半島を抱き、盆地である特色から天然の難攻不落の地形を誇っていました。
特に瀬戸内海からの攻撃に強いとされていました。
西国から東海、関東への要所のおさえであり、
大和に巨大な勢力が誕生すれば、九州側にとっては脅威以外なにものではなかったのです。
この頃の大和は、まだ国内において後進国であったと言われています。
つづく!
海のない山に囲われた盆地から、何故、大和朝廷が発生したのか。
古事記をひもとけば・・・
初代・天皇である神武天皇はなぜ、
外交で栄えた九州を後にし、艱難辛苦の旅をつづけ東征を行ったのか。
そして、神武東征前にいた大和の王朝は、どこへ消えていったのか。
それこそが歴史のミステリーであります。
その起因の一端が大陸・朝鮮からの文化の流入です。
「奈良・大和王国縁起」
弥生時代。
稲作文化が盛んとなった時代。
定住生活がひろがり、やがて、各地域で小国が出現しました。
特に九州方面では、朝鮮半島が近く、交流を深めていたため栄えていました。
そして鉄器が海外より流入したとき、様相は一変します。
鉄は、強力な武器となり、保有量が多い国・九州が、強国を誇るようになります。
やがて鉄は、隣国である中国地方、瀬戸内海の国々、(島根)出雲、吉備(岡山、広島から、香川、兵庫の一部)へと流出します。
この現象は、弥生時代に、戦乱が勃発していたことをあらわします。
畿内での勢力の拡大をおそれた九州は、出雲、吉備を固め、けん制をしかけます。
畿内、ことに大和は、背後に紀伊半島を抱き、盆地である特色から天然の難攻不落の地形を誇っていました。
特に瀬戸内海からの攻撃に強いとされていました。
西国から東海、関東への要所のおさえであり、
大和に巨大な勢力が誕生すれば、九州側にとっては脅威以外なにものではなかったのです。
この頃の大和は、まだ国内において後進国であったと言われています。
つづく!