こんにちは。
奈良歴史ミステリーハンターの鈴木です。
郡山城の「さかさ地蔵」の傍には、たくさんのお地蔵様がならんでいます。
これは、さかさ地蔵のように城の石垣につかわれたのではなく、
ごくごく最近のものもあります。
都市開発を行ったときに、土地のお地蔵様の取扱に困った人が、こっそりとここに置いていくそうです。
見れば、確かに、お地蔵様の大きさ、容貌に統一がありません。
それだけに、人間の都合で立ち退きさせられた悲哀をそそられます。
こういう場所があってよかったのか、そうでないのか。
廃仏毀釈のおりもこのような様相ではなかったのでしょうかね。