蘇我・物部の抗争(7)~信貴山・朝護孫子寺 ―1― 【 聖徳太子 伝説 】
奈良と大阪を隔てる生駒山地の南端。
信貴山とよばれるところに、朝護孫子寺(ちょうごそんじ)があります。
寅の年、寅の日、寅の刻に厩戸皇子・後世の聖徳太子が、
仏敵・物部氏討伐の戦勝祈願をされました。
すると虎をともにした毘沙門天があらわれ、皇子に戦勝の秘法を授けられたそうです。
物部氏との抗争に勝利した後、
”信ずるべき貴ぶべき山”として、皇子は、この山を”信貴山”と名付けられたのでした。
信貴山・朝護孫子寺では、沢山の虎が奉られています。
特に毘沙門天出現の年・日・時に因んで、
三寅の福といい、ご利益が得られ縁起が良いとされています。
境内にある聖徳太子像です。
そのすぐそばに、かやの木稲荷大明神があります。
御神木である榧(かや)の木。
樹齢1500年。
つまり西暦480年の蘇我と物部が抗争の頃に誕生し、以来、世の有為転変を見つめ続けていたことになります。
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