蘇我・物部の抗争(5)~ 穴穂部皇子事件 【 聖徳太子 伝説 】
585年。
亡き敏達天皇のもがりの宮で事件はおこりました。
亡き夫を弔っていた額田部皇女(ぬかたぶのおうじょ)が、穴穂部皇子(あなほべのみこ)に襲われます。
この時の穴穂部が皇女を襲った理由は、諸説あります。
後継者としての推挙を強要するためともいわれています。
寸でのところで三輪君逆(みわのきみさかう)によって阻止されます。
しかし、その後が始末が悪い。
逆恨みをした穴穂部皇子は、三輪君逆の行動を、不敬とした。
「無礼者が、成敗してくれるわっ」
騒ぎを聞き駆け付けた物部守屋と蘇我馬子の面前で、三輪君をなじった。
後に、物部守屋は、穴穂部に命じられ三輪君逆を討ってしまいます。
これにより物部守屋の評判が失墜します。
587年。
厩戸皇子の父である用明天皇が崩御。
起死回生にうった物部守屋は、後継者として穴穂部皇子を擁立し、クーデターをもくろんだ。
だが事前に察知した蘇我馬子が、額田部皇女に、穴穂部皇子の誅殺する命の詔をださせます。
穴穂部皇子は、蘇我馬子に処罰される。
物部守屋は、クーデターの口実を失い、立場を危うくし河内へと引き上げた。
そしてそれを蘇我が追った。
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