政府に対する幻滅、社会の問題を解決する能力への不信が強まっている。
今日、企業や大学に社会的責任を要求する人達も、一世代前には、社会的な問題は全て政府が解決できると考えていた。
しかるに今日、政府主導を支持する者さえ、あるいは日本、スエーデン、ドイツのように政府への敬意と信頼が残っている国でさえ、政府に対する期待は大きくない。
強力な政府を望む者でさえ、政府の手にゆだねれば問題は解決するとは思ってはいない
社会的責任について企業への要求の底にあるものは、企業のマネジメントが社会のリーダー的な階層としての地位を受け継いだとの考えである。
リーダー的な階層としてのマネジメントの台頭、政府への幻想の増大、生活の量から質への重点の移行の結果、企業活動の中心に社会への関心を据える事を要求する声が大きくなった。
それは、生活の質の向上こそ、企業の事業であるべきとの要求である。
かつては、社会の価値と信条、個人とその自由、よき社会を損なうことなく、いかにして自動車や靴を作るかが問題だった。
これに対して新しい要求は、企業こそ社会の価値と信条を形成し、個人の自由を実現し、良き社会を作れという。
今日このような要求が、マネジメントが新しい考えを持ち行動することを不可欠にしている。
過去の方法では処理することはできない
もちろんパブリック・リレーションでは処理できない