

庭に植えてある梅の木が今年も花を咲かせている。もう満開、そのうちに散りそうだ。この梅は姉が生まれたときに植えたもの。わたしが生まれたときに植えたのもあったのだけれど、死んでしまった。日の当たらない陰の下で花も咲かせず佇んでいる。(涙目)
あんなに長かった春休みが終わろうとしている。2月から始まって、まるっと2ヶ月間。つい最近まで雪がちらつく日も少なくなかったのに、どんなに気温が低くて鼻先が冷たくても春休みをしていたのに。春じゃない春休みをしていたのに。それがいつのまにかすっかり春になっている。四季の移り変わりにはいつも驚かされる。朝が昼になって、昼が夜になって、そしてまた夜が朝になるように、ごく自然に移り変わる。「切り替わる」ていう言葉は少し違う。そんなにパッキリ分かれていない。やはり四季には「移り変わる」がぴたりと当てはまると思う。境目が分からない、境目は存在しない。美しいグラデーションのごとく、じんわりと変化していく。自転車でバイト先に向かう道のりで、目には見えない空気の温かさを感じる。嬉しくて気持ち良くて、浮かれている。そんな自分から少し離れたところに、センチメンタルな自分がいる。浮かれてばかりもいられない、「また春が来たのか。」なんて、感傷に浸りながら鼻をすする自分がいる。
季節が変わるたびに、いつも何かしら目標を建てる。「英単語を一日に30語ずつ覚える」とか「毎月1回は美術館に足を運ぶ」とか。そして、その目標はことごとく達成しない。達成しないまま新しい季節が来てしまうのだ。中学生だった頃は、そのことについてさして深くは考えていなかった。しかし、高校生活が後半に差し掛かってくると、いつも目標が達成出来ない自分に恐くなった。「このまま何も達成出来ずに歳をとっていくのかな」なんて。それなら、いっそ目標を建てなければ良いのではないか!?と今さっき思いついた、けれど、それはそれでなんか、ますます生活にきらめきがなくなるような気がする。きっとこんなことをぐるぐると考えているうちに、春が本格的に始まって、いつのまにか春が終わって夏がじんわりと始まってしまうのだろう。わたしはきっと夏に浮かれながらも、「また夏が来たのか」と感傷に浸るのだろう、きっと。
今年の春の目標は「毎月3本映画を見る」「毎月1冊以上は本を読む」に決定。果たして、目標達成なるだろうか。











