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きれいとかかわいいとか

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プーシキン美術館展

なんとも贅沢な展覧会で、うっとりとした時間を過ごしました。自分はお金持ちの美術コレクターで、お城みたいな家にたくさんの絵画を飾っている、ていう設定をしながら一点一点眺めた。照れてしまうほどどこから見ても目があう美人画や、思わず手で触れたくなるようなすべすべとした質感の天使たち、鳥のさえずりや木の葉のこすれる音が聞こえてきそうな風景、人びとのざわめきや足音が響き渡る街並み.........正面から横から斜めから、近くから遠くから、見る場所によって印象が変わる、不思議。絵を見ながら考える、「この作品を一体どんな表情を浮かべて、どんな動きで、どんな空間で描かれたのだろう?」と。想像を巡らしながら見るのが楽しい。ある程度の解説や美術の知識はとても役に立つけれど、まずは真っ新な状態で作品を見つめたい。










心に残った作品

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「ユピテルとカリスト」-フランソワ・ブーシェ




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「陽だまりのライラック」-クロード・モネ




あともうひとつ、すごく良いなと思ったのがあったのだけれど、名前を忘れてしまった。あの、雨が降る街並みの.....あ、あと画家やモデルを童子にして描いているのも良かった。名前は残っていないけれど、絵画は記憶にぺったりと貼りついている。 やはり、写真で見るのと本物を見るのとでは印象が全く異なる。何においても言えることだけれど、本物に触れるべきだと。
4月分、5月分(まだ途中)の見た映画
どどーん!







舟を編む
上手く立ち回ろうとする、そういう能力も必要である。けれど、なにかひとつのことにひたすら真面目に打ち込むことは、もっと大切なことだと思う。辞書を作るなんて、気が遠くなるような作業に挑戦して、全てを捧げる人びとはとてもかっこいい。辞書作りが生活の一部になっている、そんな姿に感動した。あきらめず投げ出さず、続けること、今の自分に足りないこと。








しあわせな孤独
ひとつの交通事故が引き起こした崩壊の物語、て感じかな?一寸先は闇、明日は我が身。幸せなんて脆いから、少しのズレで崩れてしまう。今日、充たされていると感じた心は明日にもあるかどうか分からない。誰が悪いのかって聞かれても、みんな悪くてみんな悪くない。なるべくしてこうなったのかな、どうしようもなくて切ない。









かぞくのくに
家族なのに、25年間会うことも許されない。幸せになれると信じて海を渡ったのに。病気治療のために帰国する許可が降りるのに5年もかかる。せっかく帰国できたとしてもすぐに戻されたり。理不尽なことだらけで、でもどうしようもなくて。「思考を停止するんだよ。楽だぞ、思考停止。」って、あきらめたように笑いながら言う兄の姿がつらい。ほんのすぐ近くではこんなことがあたりまえにあるのだと、苦しくなった。








幸せへのキセキ
マット・デイモンが好きなのですよね、何気に。家族の再生物語....うん、まさにそんな感じ。特に感想が思い付かなひぃぃ。




あっさりと。ぱんっ!