小学3年生の頃は八戸に住んでいた。八戸クラブでレスリングをした私は、ちょうど20年前の今日11月3日(文化の日)に、人生で初めて大会に出場した。
練習を積み、迎えたデビュー戦、しかし前日に高熱が出てしまいダウンした。
父親は抗生物質を飲ませて出場させると言った。私を寝かしつけた後、反対する母親と別部屋で口論しており、その声で起きてしまった私は寝たフリをして一部始終を聞いてしまった。
幼心にも責任を感じ、怖い父親の期待に応えようと、試合に出た。相手は私より20kg大きい選手。
「パキッ!」
音が鳴った。耳からではなく、身体のどこかから振動が伝わり聞こえた感覚。私の左肘が反対側に曲がっていた。折れながらも、そのまま試合が続行されていたので、更に捻ったり引っ張られたりしたため、酷い状態だった。
入院中も色々考えた。悔しくて相手に正々堂々とリベンジしたかった。なにより中途半端な気持ちで挑んだ自分に苛立った。
あのときは後悔したが、今になっては何1つ後悔していない。あの決断がなければ、出会わなかった人はたくさんいる。人生が変わっていただろう。
人生を変えなかった記念日、20年前の自分に感謝!
練習を積み、迎えたデビュー戦、しかし前日に高熱が出てしまいダウンした。
父親は抗生物質を飲ませて出場させると言った。私を寝かしつけた後、反対する母親と別部屋で口論しており、その声で起きてしまった私は寝たフリをして一部始終を聞いてしまった。
幼心にも責任を感じ、怖い父親の期待に応えようと、試合に出た。相手は私より20kg大きい選手。
「パキッ!」
音が鳴った。耳からではなく、身体のどこかから振動が伝わり聞こえた感覚。私の左肘が反対側に曲がっていた。折れながらも、そのまま試合が続行されていたので、更に捻ったり引っ張られたりしたため、酷い状態だった。
入院中も色々考えた。悔しくて相手に正々堂々とリベンジしたかった。なにより中途半端な気持ちで挑んだ自分に苛立った。
あのときは後悔したが、今になっては何1つ後悔していない。あの決断がなければ、出会わなかった人はたくさんいる。人生が変わっていただろう。
人生を変えなかった記念日、20年前の自分に感謝!