【6月7日】


学問がなくても善人はいる。

その人が学問に精通していればなおよいが、

そんな人でも悪人はいる。

その人が文字を読めないのはよくないことだが、

今日一つの文字を覚え明日も一字を覚える努力をすれば、

いつかは学問の道を極めるであろう。

今日も一つ良いことを行い、

明日もまた一つ良いことをする。

これが積もって大きな穂をなすことになる。

日々これを怠ることがないように。

これは中井竹山(江戸後期の儒学者)の教えである。



先日、同業者・コンサル会社・不動産屋と新宿の中華料理屋て会食。



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話の内容が濃すぎて、

フカヒレスープしか写真を撮ってません。


今年の夏は忙しくなるぞ~


見込みのないものをあらためて確認するか、

あるいはそのことがあやまりであることを知ったら、

これを見限るか。

ともに勇気のいることである。

いつまでもくよくよと心に思うことはもっとも愚かなことだ。

人は引き際が大切である。


散りぬべき 時散りてこそ 世の中の

花も花なれ 人も人なれ



引き際の表現に関して、

藤原正彦氏が「国家の品格」で書いてました。

日本人は桜の花のようにパッと散り潔いが、

西洋人はバラの花びらのように、

いつまでも茎にしがみつきながら散る。


先日、氏の新たな著書を買いました↓



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孫子もまだ読んですらいないのに(笑)

いつ読めるだろうか。。。


前回の補足ですが、

六本木のタリーズは、

人工芝の上にテーブルが間隔広く置いてあり、

読書や仕事をするのには最適です。

ちなみにこんな感じ↓


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この写真を小学校6年のH香が見たら、

「あ、六本木だ」だって。

さすが西麻布在住。

12歳にして既に六本木で遊んでるのかと思って、

濱田コーチはとてもビックリしてしまいました。


((((((ノ゚⊿゚)ノ





【5月25日】


延元元年の今日、

楠正成 が湊川にて戦死した。

主君のために身を捨てることを忠義という。

親の心に背かず、

よい行いをすることを孝行という。

年寄りを敬い、

部下を育て、

国民を思いやることを仁という。

一度引き受けたことは、

これを変えず、

全うすることと義という。

謙遜して他人にゆずることを礼という。

計りごとを夜のうちに知らせ、

勝つための方策を広い範囲に効果があるように仕向けることを智という。

何事にも嘘を言わず、

まことの心をなくしてはならない。


我に勝ち 味方に勝ちて 敵に勝つ

これを武将の 三勝という


〈楠正成〉



日本の武将もよい言葉を残しますが、

中国も負けてません。

いい雑誌を見つけたので即買いしました。



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六本木のタリーズでゆっくり読むとするか。


【5月16日】


寛政四年(西暦1792年)の今日は、

林子平 が禁固に処せられた日で、

その彼の言葉に次のようなものがある。


克己とは「己」に勝つということである。

己とは私欲のかたまりであり、

自分勝手なことをするのはすべてそのせいである。

この己を除くのが克己である。

復礼とは、

その欲に勝って道と義にかなうことを行うことである。

世の中には、

礼にかなうものとそうでないものがあり、

いちいち顧みるべきである。

みだりに怒ってしまうときなどに、

これはどうしてかと顧みるならば、

それは自分のわがままから生じる病のようなものであり、

一度顧みることでたちまち消散するはずである。

もっとも、

それには強い精神力を必要とする。


堪忍と 聞けば易きに 似たれども

己に勝の 替え名なるべし



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※本文と写真は一切関係がありません。