【初日】
仙台駅に着いてからレンタカーを借り、
長靴やマスク等をあらかじめ送っておいたビジネスホテルでピックアップ。
被災したパチンコ店や津波の傷跡を見ながら小1時間ほど運転し、
魚の腐敗臭に気が滅入る。。。
早速作業着に着替えて隣家の路地と裏庭の汚泥の撤去作業。
どこから流れてきたか分からないドデカイ石の塊がゴロゴロ。
こんなに重い石が流されてくるなんて、
どれだけ津波の勢いがあったんだろうと言葉を失う。
石や畳、家財道具を撤去した後は汚泥さらい。
いたるところに紙くず、ビニール、電化製品、魚が散らばり、
何から手をつけて良いか分からない程。
この湊町地区は魚の加工場がいたる所にあるので、
地区のあちこちに魚が散乱。
夏までにもっと綺麗にしないと臭いが大変なことになるという。
裏庭の汚泥さらいをしていて、
大きなビニール袋があったのでそれをめくると、
2ヶ月放置された干す前のタラコがドサッとみつかり、
この世の物とは思えない刺激臭が辺り一面を襲う。
仲間は吐きそうに走り去り、
ビニールをめくったのは私なので、
口で息をしながら土嚢に詰めました。
ザックリと綺麗になったのでその日の作業は終了。
夜は地元で経済活動。
「酒は地酒を飲むように」との親分からの指令が出たので、
澤の泉をみんなでシコタマ飲んだ結果、
10名で回転寿司に行って勘定が50,000円。
親分が払ってくれたからいいんだけど。。。
【2日目】
朝9時から作業開始。
昨日の続きの作業をしていると、
近くで自宅の掃除をしていたおばちゃんが、
「家の裏にある流れ着いた家財道具を片付けて欲しいのですが。。。」
と相談に来たので、
私を含めた3名でそちらの作業に就く。
そのおばちゃんは地震があった時には立っていられないので、
庭の木に必死にしがみついたとか、
津波警報が鳴ったので近くの中学校へ逃げたは良いが、
1~2日は津波が引かず孤立してしまったのでヘリコプターで搬送されたとか、、、
話が生々しいです。
1時間程して家財道具やゴミを15mほど離れたガレキ捨て場へ持って行った時、
その現場で重機で作業をしていたおっちゃんがソワソワしてるので、
どうしたんですか?と聞くと、
「今この重機が遺体をつかんじゃってさ、警察が来るのを待ってんだよ」と。
行きの新幹線の中で、
ガレキ撤去してたら遺体とかでてくんのかな?
みたいな話をしていたのですが、
まさか目の前で起きるとは思ってもいませんでした。
津波から約2ヶ月。
見つかって良かったです。
みんな作業を一時中断しご遺体に黙祷。
そのことを応援村の隣のおっちゃんに話をしたら、
「うちなんかこの入口に2人も仏さんが流されてきてさ、
自衛隊も警察も忙しくて1週間もそのままだったよ」と。
凹んでる場合ではないですが凹みます。
活動拠点と予算は確保できたので、
おそらく毎月行くことになると思います。
通常ルートでは手に入らない物資とか、
もしかしたらお願いするかもしれませんが、
その時はご協力のほどよろしくお願いします。
初日の作業現場
津波の高さを物語っています。
魚もいたるところに。



