母の25回忌 | うつ病の中で検証した「はらみ足投資法」

母の25回忌

 明日は、実母の25回忌の法要です。
 1984年11月7日、私が中学3年の時に、10年患った癌で永眠しました。
 小学校から中学校まで、入退院を繰り返し闘病した母が亡くなった年齢にもう2年もすれば私もなります。
 この歳で死を覚悟しなければならなかった母は、どんな気持ちだっただろう・・・

 当時中学1年だった頃のことを今でも思い出します。
 当時、子どもなりに、志望校に合格することが、亡くなった母をがっかりさせないだろうと思って頑張っていたように思います。

 無事、志望校に合格した後、母が亡くなって1年後に出会った女性が今の妻です。
 形見として、婚約指輪を遺書とともに、私の妻となる人に残してくれていました。

 社会人となり、付き合い始めて7年後、婚約する日がやってきました。
 そのとき父から初めて指輪のことを聞かされ、不思議なことに(たまたまでしょうが)、その婚約指輪は、妻の誕生石でした。

 今、母が生きていたら、なんて考えることって無いに等しいですが、死と向き合った母の気持ちはどんなだったろうと考えることが多くなってきました。


 小渕さんが、亡くなった母のことを歌ったといわれる名曲
コブクロ - 蕾