7.妻が交通事故! | うつ病の中で検証した「はらみ足投資法」

7.妻が交通事故!

順調に見えた2005年春先


同じ営業所の主任が会社を辞め、営業3人体制から私と所長の2人になりました

仕事の負担はUP、単純に1.5倍、所長は所長の仕事もあるので現実2倍程度増えた

でも仕事があるのはいいことだと頑張るわたし


またこの年プライベートでは

息子が少年野球をしていて6年生となったことから、私もスコアラーとしてベンチへ座ることになりました

3月の練習試合、エースがインフルエンザで休んだ

ピッチャーはあと2人、1人は未完成


練習試合は3~4試合するので、ピッチャーが足りない

主にセンター時々レフト・ファーストをしている息子ともう一人サードのT君

以前から監督の頭にあったそうですが、練習試合で息子を投げさせてみると言いました

時々、ピッチングもやってたのであるいはと思いましたが、出番が来ました


初めてのマウンド

本人はあまり緊張していなかったようですが、まさかマウンドに上がることになるとは想定していなかった私は、練習以外に家へ帰ってから、キャッチボールとたまにバッティングセンターへ行くくらいで、冬の間、走らせてはいなかった


ピッチャーを告げられてから、1球1球ストライク・ボールをつけていく私

冷や冷やです


結果は、50球過ぎたくらいで、ストライクが入らなくなり、あえなく降板

握力もなかった・・・


その後


試合中に携帯が鳴る

子ども達に声援を送り記録をとっていた時、携帯が鳴り耳を疑う


妻が交通事故に・・・・


妻本人の息も絶え絶えの声

本人が電話してきたのだった

あとから聞いたら、救急車も呼んだけど、あれこれ聞かれ答えられず途中で電話を切り、私へ電話をかけたらしい


「近くなのですぐ来て欲しい」


電話をかけてくる位だから、たいしたことはないと思いながら、監督と会長に伝え、一緒に頑張って応援していた親御さんたちにすべて任せ、とにかく現場に向かう


向かう道中に妻の両親、保険会社時代の先輩に連絡


現場にかけつけた時は目の前の光景がうそだと信じたかった


妻の軽四のボンネットは見事に凹み、本人はハンドルと座席に挟まれ、身動きがとれない

メガネは飛ばされ、シートベルトをしていたにもかかわらず、いやシートベルトをしていたからか、胸が痛いらしく、妻が息も絶え絶えに苦しそうにうずくまっていた

声をだせる状態ではなかった

幸いにも命に別状はなかった


彼岸前の2005年3月20日のことだった


相手に怪我はないか聞いたら、怪我はない様子

それよりわけのわからないことをわめいている


相手は警察と自分の保険会社には電話したけれど、救急車を呼んでないというので、私が救急車を呼ぶ


昼食の弁当を調達した帰り道の事故だった


野球を応援していた、会長の奥さんと事務局の奥さんが、現場へ来てくれた

子どもの弁当を持っていってもらった


かけつけてくれた妻の母に一緒に救急車に乗ってもらい

試合が終わって昼食を待っている、妻と応援にきていた娘もいたから、妻の父には学校へ迎えにいってもらった


第三胸椎圧迫骨折・頚椎捻挫、全治2ヶ月の診断


対向車が無理に右折し、直進の妻の車とほぼ正面衝突

過失割合、妻2:相手8、被害者となった


万全を期すよう入院生活を送ることに


幸い、出勤途中の最寄の駅の近くの病院に入院することになったので、元々電車通勤の私は毎朝早めに出掛け、妻の入院している病院に寄り、出勤

仕事は忙しく大変だったけれど、朝出勤前は必ず病院に寄ることが私の日課となった


子ども達は、同じ学校区にある妻の実家に寝泊りすることになった


約2ヶ月と少しの入院生活


5月下旬に無事退院することができた


そして1年半後、保険会社を通して示談が成立した


その後、現在も頚椎捻挫(むちうち)の後遺障害に悩まされながら生活をしている




続く