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Emikoのブログ

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私は小学生のころ、医療の仕事をしたいと決心しました。それは、ふとしたきっかけからでした。学校の七夕様の短冊に将来の願いを書いたことが、そのきっかけでした。しかし、その思いは地面に落ちた種のように、だんだんと私の中で大きくなっていきました。ひとつには、私の祖父が重い病気にかかって入院してしまったこともあるでしょう。


国立の看護師育成大学に現役で合格しました。当時は、毎晩遅くまで勉強していて、何時もおなかがすいたときはココアを飲んでいたこを思い出します。入学した大学では、毎日朝から夕方まで看護の授業や実習が入り、女子大に入った友達にビックリされたこともありました。そんなあいまにも、慶応大学の手話サークルに入り、手話を学びました。将来、看護師になった時に、いろいろな患者さんの役に立ちたいと思ったからです。


大学卒業と同時に、ある国立病院に採用していただきました。それは、祖父がかかっていた重い病を専門とする最先端の医療を提供する病院でした。当院初日、「お祖父ちゃんを助けることはできなかったけど、その分たくさんの人の役に立ちたい。」そう思って、張り切って門をくぐったこと覚えています。近くに有名な日本庭園では、ちょうど桜が満開でした。


しかし、私がその病院で経験したことは、命が散っていく毎日でした。昨日お世話して笑顔でお礼を言ってくれた方が、翌日には冷たくなっている。そして、散ってしまった命の花は、もう咲くことはないのです。その寂寥に耐えられなくなってしまった私は、その病院を半年余りで退院してしまいました。それは、自分がいままで努力してきたことの意味や成果を、すべて失う経験でした。社会的な将来性も、内面的な自尊心もすべてを喪失したのです。


実際、その時に私は社会的にゼロでした。医療の仕事には就きたくありませんでしたが、一方で看護師をやめてしまった人間を一般事務として採用してくれる企業もありませんでした。社会人としての私は、全く道がふさがれてしまったのです。茫然自失の日々でした。


そんな時、ある友達が私にアシスタントをしてくれないかと声をかけてくれました。シンガーソングライターの彼女は、路上ライブで多くのファンをつかみかけていた時期で、ライブの準備や事務をサポートしてくれるスタッフを求めていたのです。その仕事は、いままで私が勉強し目標として努力してきたキャリアとは全く無関係のものでした。そして、その仕事に潤いと喜びを見出している自分に気づきました。その時の私は、私は以前の自分を捨てて全く違う人間になったのだと思います。

私はその後、あるビューティクリニックで受付嬢の仕事をするようになりました。短い人生で、全く違う仕事をいくつか経験しました。国立病院の看護師、ミュージシャンのスタッフ、そしてビューティクリニックの受付嬢はまるで脈絡のない仕事です。しかし、看護師だったことも、ミュージシャンのスタッフだったことも、どちらも私の人生には必要なプロセスであり、十分に必然的なことだったのだと、今は思います。もちろん、考えようによっては、看護師とミュージシャンのスタッフの仕事がどちらも役に立っているといえます。しかし、私が言いたいことは、もっと深い意味での必然性なのです。それは、今までの自分を捨て新しい自分を創るということです。


芋虫は、その姿を捨てて蛹になり、蛹はその殻を脱ぎ捨てて蝶になります。蝶は芋虫に羽がついているようにも見えます。その意味で、ステージはつながっているともいえるでしょう。しかし、芋虫は蛹になるための準備であり、蛹は蝶になるための準備に過ぎないのだとしたら、蝶は死体になるための準備に過ぎないことになるでしょう。そして、虫の一生で蝶でいられる期間はごく僅かな短い間に過ぎないのです。そのような考えは、あまりにも虚しく悲しいのです。


本当は、芋虫が蛹になるとき、そして蛹が蝶になるとき、それは文字通りそれまでの自分を破棄することで、新しい自分を創造しているのです。そして、何かを破棄するということは、捨てるだけのものを創造してきたとも言えるのです。私たちの毎日は、何かを維持し、同時に何かを創造し、何かを破棄しているのだと思います。そこに私たちの命のダイナミズムがあるのです。


しかし、毎日の私たちはそのことにあまり注意を払いません。そして、大きな出来事を後から振り返って、そのことに気づくのです。逆に、毎日が維持と創造と破棄の連続であることに十分に注意を払い、そのダイナミズムを十分に発揮させることができれば、その人の命はより豊かになるかもしれません。そして、そのためには、そのような大きな出来事を振り返ることは、大いに有益でしょう。


大病院で働いていたとき、決して回復の見込みのない重病人の患者様たちに、先輩の看護師の方たちは、誠心誠意尽くしていました。今にして思えば、明日死体になるか回復するかで、今日の価値が決まるのではなく、その一日の命をダイナミックで充実したものにするかどうかで、今日の価値が決まるのです。