---

テーマ『入道雲くん』くもりでは、
自分の思いや戒めなどを自由に書いてみたいと思います。
ですから『入道雲くん』には、走ることやワンコの話しはあまりありません。


---


今は亡き、歴史小説家の司馬遼太郎が好きです。


19才(25年前)のときに『坂の上の雲』を読みました。


今おもえばとても多感な齢ごろに、偉大な名著にめぐりあったことになります。


時が過ぎ、23才夏。 (21年前)


司馬遼太郎の『世に棲む日々』をもって四国、山口、九州とひとり旅をしました。


歴史をずっと身近に感じることでき、感動感激の旅となりました。


そして旅の最終日。


下関始発の寝台特急「あさかぜ」に乗りました。


目の前にスーツ姿のサラリーマン風の中年男性がひとり。


あさかぜが走りだすと、サラリーマン氏と私しかいません。


サラリーマン氏はしばらくすると私に「旅行ですか?」と話しかけてきました。


「はい、高松から宇高連絡船にのり・・、山口から萩、それから山陰線を鈍行でくだり・・・」


私は旅の興奮をその方にぶつける様に話しました。


サラリーマン氏は、


「私は新日鉄に勤めてて、三宅一生と同じ年で同郷。何歳にみえる?50才なんですよ」と。


三宅一生と同じ年齢にはまったく見えませんでしたが、話すことばがとても落ち着いていて、


懐の深さを感じさせる方でした。


「食堂車で飲みますか?」とサラリーマン氏、すっかりごちそうになりました。


ゆれる食堂車ビールで乾杯。


飲みながら、


ほとんど私が歴史の話しをして、サラリーマン氏はそれをしっかり受けとめてくれました。


私はうれしくて話しが止まりませんでした。


そしてそろそろ話す内容がなくなったころ、


「君っ『鶏口となるも牛後になるなかれ』という言葉を知ってるか?」


私「け・い・こ・う・・・となるもぎゅうごとなるなかれ?・・どんな字書くんすかぁ?」


困っている私に「なんだ、そんなことも知らないのか?」と軽く失望しながらも


丁寧にその意味を教えてくれました。


「赤穂浪士もそうだし、幕末の志士たちの気概でもあるよ、君も頑張れ」


とつけ加えてくれました。


私は寝台車の天井をみながらその言葉を反芻し、


その場で覚えようとしたことを昨日のことのように覚えています。



歴史の世界と「鶏口となるも牛後になるなかれ」。



その後の自分の人生を考えると、それらの影響を受けないわけないなぁと思うのでありました。


あれから21年が経った今、新日鉄のサラリーマン氏がご存命であれば71才。


もしもお会いすることができれば、まずお礼を言いたいことと、


目の前に座った若者(私)のことを そのときどう思ったかを聞いてみたいですね(笑)



---

「鶏口となるも牛後になるなかれ」。
大きな組織の末端にいるより小さな組織でもいいからその組織の長になった方がいいという意味。

~ことわざ辞典より~


※独立とか、小さな組織の長というとらえかたは狭い意味のように思います。大きな責任をもたないと自由になれないという逆説的な・・・、そんな感じです。