ファイナルファンタジーのその後・・・
ファイナルファンタジー零式
ディレクターである坂口氏は、
FF制作の後に、
「あんなに一生懸命ゲームを作ったのは初めてだった」と語っています。
彼は当時在学8年目で、
まだギリギリ大学に戻ることが可能だったため、
「最後に一本作って、大学に戻ろう」と考えていたようです。
ファイナルファンタジー零式
完成したゲームは、
社内での評価は良かったものの、
スクウェアとしては大して売れないだろうと考え、
出荷を抑えようとしたようです。
それに異を唱えた坂口氏は、
ROMを持って出版社などを回り、
記事や広告を掲載してもらえるように頼んで回ったようです。
当時、弱小ソフト会社に過ぎなかったスクウェアの社運をかけたFFの広告は、
「PC関連の雑誌を中心に掲載される」という、
ファミコンのゲームとしては異例の船出となりました。
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