ざっくりとしたイメージでは可能、ただ時間がかかりすぎる。
そういうのを地道に調べることがある種の近道なのは知っている。
使い方への近道ということだ。
それに、皆が同じように知ってしまえば、
先達者にすぐ追いついてしまうという恐怖もあるかもしれない。
ただ、人間は一生で使える脳の力は限られている。
基礎を底上げすれば、
競争社会において差別化がさらに難しくなる。
ただ、基礎を抑えることで新たなアイデアが消えるのも確かだ。
もし本職として食っている技術が配布なぞされれば、
そのままではそこにあぐらをかいていた人が驚愕するだろう。
配布した人も、利用されこそすれリターンは薄い。
誰も得をしない、あるのは満足感だけ。
何かしらの形で第三者も納得する価値を付けることは必要だ。
価値がつけば気楽なコピーは出来なくなる。
コピーがなければ作ることになるが、出来れば同価値になる。
消費した時間に見合った価値が生まれることになる。
ただし、作ることそのものに快感を感じる人にとっては、
質と量が充実してしまえば、
要らぬ嫉妬や妬みを生むかもしれない。
感情論は非生産的 と言われても、行動の発端はいつだって感情。