なんとなく言いたい主張。
だけど意見は人によって違うので、
喧嘩腰の議論になるのは嫌だ。
だったらここで言ってしまおう
ということで始めます。
育児者に給料を払うとしたら、いくら?
60代親世代はへそくりのみですね。
それ以外は子供への生活費、教育費等に回されました。
お金が足りないから共働き、共働きすると育児がおろそか。
さて、出費はいくら?
いまだ常識が欠けている私は以下3点が気になります。
1.根付き始める完全分業化スタイル
2.廃れるムラ意識
3.お金で解決するためのお金が足りない
1.について
今の問題は収入がない状態なのに無理やり英国スタイルにしている点。
英国スタイルとは、お金は持っているが家事をしない貴族が、
時間はあるが、お金がない人たちをメイド・執事を雇う形で、
分業化することで働きながら生活を行っていました。
中には、することがなくなり、遊ぶ貴族の家族達がいました。
この分業化で起こることは、
実績を金銭で換算するという事です。
働く人に、個室をあてがったり、給料を渡したり、衣装を渡しました。
このスタイルが日本で浸透しています。
2.について
かつての日本で子育てといえば、家族や隣人が助け合うムラ社会でした。
仕事で忙しい人は暇な人(主に老人)に預けるというスタイルが主流でした。
そして報酬は金銭でなく、「困ったときはお互いさま」という言葉。
未来に起こりうるリスク負担の約束という、精神的なものでした。
隣人が信じあえれば、
今でいうセキュリティに対する費用も抑えられますし、
代理で家事も頼めます。
内職であれば急な仕事を手伝うという臨時雇いも駄賃で可能でした。
今は、核家族化と自己責任という名のもとに、
暇な人は暇なまま、忙しい人が隔離状態となっています。
交流もないため、暇な人は社会からも隔絶されていきます。
一親等以内の絆が強固であればつり合いが取れてまだましなのですが、
忙しい親の元で育った2代目親が、
子供の扱いがわからず、悲しい事件も発生しています。
成功を納めた人は、仕事以外の時間的拘束を全て金銭で解決します。
一方、成功できない人は、
プライベートタイムを削り、交流もなく、常に未来に不安を抱き、
隣人と時間も合わず、付き合い方も知らず、あるかわからない犯罪を恐れ、
最終的に孤独死を迎えるという、あまりに格差が広がっています。
将来の自分が食いつなぐための予備費用と、
時間の制約を取られるすべての不安要素について、
自分の手に余るものは、すべてお金で解決しないといけない。
だからワーキングプアも発生し、裕福な親の子供は中年以降も頼ります。
3.について
今の金銭的つながりでずっと社会を続けていくには、
圧倒的に給料が足りません。
ほんの数十年前は好意で無償でし合った雑務でも、
今はサービス業という形でお金を払う時代になりました。
それはとても管理しやすいものです。
どちらかがサービスを提供し、
どちらがお金払うという伝票をまとめれば、
その人の生活に足りない全てを、項目化できる。
各ブログ、twitter、LINE。
社会は人のつながりを、
生活の優先度の最底辺に設定してしまった。
人の協力なしで生きていくためには、いくら稼いでも足りない。
いや、いくらあっても、不安が尽きない。
そして、またどこかで犯罪が発生してしまう。
以上、主張終わりです。
ちなみに、電子の海への遠吠えのため、
コメントきても表示・返答はしかねますので、ご了承ください。