ベルナの村にも、冷たい風が吹く。
数時間後、今度は銀髪の青年も星見の花を求めてやって来た。
「今日は多いわね、さっきも筋骨隆々のハンターさんが来たわ。」
しっかり者の村人は、このハンターにもクエストを紹介してやった。
「ありがたい。妻…になる女性が、この花が好きで。」
村の中央、受付嬢のもとで手続きをしながら、彼は話す。
「このクエストから戻ったらもう一つ紹介して欲しいクエストがあるんだ。」
1枚の紙を提示し、神妙な面持ちのワグナー。
紙に記されていたのは、「灼熱の刃」。
日が昇っても相変わらず雪が舞い、気温が上がらない。
虎姫は、1人、回復薬グレートを調合していた。
自分の分と、ワグナーの分。
ハンターに怪我はつきものだ。
知り合いのハンターにも、怪我がもとで引退を余儀なくされた者、酷い例だと死亡した者もいる。
そっと窓の外を見やると、雪がうっすらと積もり始めていた。
「………。」
ふと、崖下で人知れず雪に埋もれているワグナーのイメージが浮かぶ。
「いやっ!」
虎姫は顔を覆って突っ伏し、燃えないゴミが1つ、出来上がった。
「姉様、体調悪いの?」
とわが、夕飯の後早々に床についてしまった虎姫の部屋を訪れた。
ワグナーの枕をがっしりと抱いて、ベッドにうつ伏せていた虎姫。
「体調は大丈夫よ…。ちょっと、不安なだけ…。」
とわは虎姫のベッドに腰掛けた。
何が不安なのか、自分でもよくわからないと虎姫は言う。
ーーーワグナーは式をあげたくないのでは?
ーーーあたしがああしたいこうしたいと注文をつけすぎたから。
ーーーそもそもあたしはワグナーに相応しいのか。
ーーー女性に免疫がない人だから、あたししか選択肢が無かったとしたら?
ーーー結婚後、もっと素敵な人が現れたら?
ーーーそれに、結婚したとして、ワグナーに先立たれたら…。
ーーー逆に、あたしが結婚早々死んだりしたらワグナーは…。
溢れる不安。
噛み締めた唇の端が痛々しい。
聞きながら、とわは、虎姫をなでなでした。
「姉様、それって一種のマリッジブルーなんじゃ…?」
傷だらけのワグナーは、ディノバルドの鋼のような尻尾を片手に、ベルナに帰還した。
大した前情報もなく単身挑んだディノバルド。
ギルドの使者が彼を発見した時、装備もボロボロで、かの竜の骸の側で座り込んでいたと言う。
疲れ切ったワグナーは泥のように眠った。
ディノバルド討伐の翌々日、彼はニャン次郎から、春夜鯉を受け取った。
ずっと求めていたものだ。
式での料理にと決めていた。
虎姫の手料理を引き立てる、食材の一つ。
本当はもう少し早く手に入るはずだった。
ところが、ニャン次郎の交易先候補であるタンジアの鮮魚市と話をつけるのが大変だったのだ。
ベルナの村でディノバルドの討伐を請け負って成功させれば、という条件を突きつけられた。
「ああ…やっと準備が再開できる…。」
美しい魚を受け取って、ワグナーは微笑んだ。
ーーーこれで虎姫は、また自分に心からの笑みを見せてくれるだろうか?
先日のことだ。
「若、虎姫殿とのお式、いつ頃のご予定で?」
ジョウジが結婚式支度のリストを手に、青年の傍に立つ。
「あちらのご両親に挨拶に行かれて、もう半年になります。ご心配なさっておられるのでは…。」
ワグナーは眉を密かに寄せる。
わかっている。
「なかなか思うように支度がはかどらなくてな…。」
極力、業者の手を借りず、自分たちだけの手作りの式を挙げたい。
ーーー我らは、少々甘かったのだろうか。
名の通ったハンターでもなく、経験豊かでもない若輩者。
交渉もなかなか思うようには進んでいなかった。
考え込むワグナーを、ジョウジはじっと見つめていた。
このところ風がことに冷たく、ちらちらと雪が舞う。もう春はすぐそこなのに。
ワグナーが出かけてから3日経った。
今まで、行き先もはっきり告げずにこんなに長く家を空けることは無かった。
虎姫の不安も、頂点に達しようとしていた。
うろうろと家の外と中を行き来する彼女にジョウジは声をかけるのだが、耳には入らない模様。
「どこへ行っちゃったの…?無事なの?ねえ、ワグナー…。」
虚ろな表情で、食事もろくに摂らない虎姫。
見兼ねたとわは、ラギに兄の行方を調べてくれるよう依頼した。
「わかった。」
数刻もしないうちに、仮面の男は、単身戻って来た。
とわにひそっと耳打ちすると、とわはホッとしたように頷く。
「おおーい、帰ったぜー!」
その日の夕方、なんの前触れも無く、ガロンの声が玄関先に響いた。
食卓に突っ伏していた虎姫が、ガバッと起き上がる。
「姫、すまなかった!ただいま!」
待ち焦がれた優しい声。
虎姫の目が大きく見開かれる。
扉を開けて入って来た青年に、虎姫は飛びつい…もとい、飛びかかって行った。
「うわぁ!!」
倒れこむ2人。
ガロンはさっと避けたので、巻き込まれずに済んだ。
「心配したのよ、もうーーーー!」
泣いているのか怒っているのかわからない虎姫の表情。
ワグナーは困ったように、その頬にキスをした。
「お土産だよ、これで準備が再開できる。」
その手には春夜鯉、そして星見の花、その他式で飾れそうな装飾品。
彼女がおねだりした品々だった。実はその時、ワグナーはちょっと渋い顔をしたのだ。
それが、虎姫の心を揺らがせた。
ワグナーから欲しかった品々を受け取りながら、虎姫の視界がみるみる歪んでいく。
「ワ…ワグナー…、あたしがわがまま言うから、もうお式挙げたくないのかって思っちゃった……。」
これにはワグナーもびっくりする。
「ええええ?なんでそう思ったの?」
泣きじゃくる娘は、思いの丈を青年にぶつける。
青年は、彼女の言葉に一つ一つ応え、自分の思いを伝えていく。
食い違った歯車が、再び、噛み合って回り出す。
その様子をさりげなく見守る家人たち。
家の中と外を遮断するように舞う淡雪。春先のうっすら積もって消えやすい雪。
幸せの前のちょっとしたもやもや。
自分の中の不安が溶けていくのを感じ、虎姫はワグナーにしっかりと抱きついた。
「お式の準備を再開したら、姫、元気になってくれるかい?」
ーーー少し鈍いところもあるけれど。
「ねえ…ワグナー。あたし、今更だけど思った。」
まだまだ、お互いに話し合わないとわからないことだらけだけど。
「立派な、思い通りの式を挙げることが幸せなんじゃない。
大好きなあなたと一緒に、ってことが何より幸せなのだわ。
ワグナー、あたし、誰よりもあなたを理解できる妻になるから!」
ちゅっ。
虎姫は、頬を染めながら、ワグナーに口づけた。
淡雪 fin.
とわ著