ジョウジが目覚めて数日後の、ある朝。
「…ここにジョウジというハンターがいると聞いたのだが。」
シオンの店を訪ねて来た、長身の仮面の男。
「あなた…ジョウジさんの知り合い?」
店番をしていたりんねが、怪訝そうな顔をする。
男は頷いた。
りんねは、値踏みするように、仮面から覗く男の目を見た。
うちには怪我人がいる。怪しい人物なら、店頭で追い返さなくては。
「そう、ちょっと待っていてね。」
店の奥に消えたりんねは、しばらくしてとわを連れてきた。
「ラギさん!どうしてここに?」
驚くとわ。りんねは、初めて警戒を解いた。
「師匠に頼まれてな、これを持ってきた。」
そう言って背中に背負っていた荷袋をどさっと降ろす。
「それから、これをジョウジ殿に渡すようにと…。」
懐から出した手紙をとわに手渡す。
「爺やに?わかったわ。ところで…その荷袋は?」
そう言いながら、差し出された袋の中身を見るとわ。
「これって……。」
袋の中には瓶に入った数種類の薬品、束ねられた薬草類、調合の書が詰まっていた。
ーーーズイムさん、ありがとうございます!
とわは小さく手を合わせた。
「行くぞ。」
荷袋を抱えて、ラギが店の奥に歩きだす。
「え?ちょっとラギさん!」
「俺は師匠に治療の手解きを受けている。お前達の傷の具合を診てこいと言われて、ここに来た。」
そうして部屋に入ったラギは、昼前までに手際良く全員の治療を終えていった。
「お前は大丈夫なのか?」
昼食の後、外を眺めるとわの背後に、ラギが立つ。
「……いろいろあって、まだ頭を整理しているところですわ。
……あ、ごめんなさい。わたくし、あなたに3回目のお返事まだ出していないわ!」
まずは文通から。
言い出したのは自分だったと慌てるとわに、ラギは、良いさと笑った。
まだ良く知らない者同士のはずだが、互いに不思議と緊張しない。
「そういえば、求める素材は手に入ったのか?」
「いいえ…実は、それどころでは無かったの……。」
ため息をつきながら、肩を落とすとわ。
コンコンと扉をノックしながら、ナイトが部屋に入って来た。
「お嬢、これを。」
「ナイト様?その袋は?」
差し出された袋の中には、金銀に輝く鱗、秘棘など幾つかの素材が入っていた。
「拾っておいたのです。」
とわの手を取り、袋を手のひらにのせるナイト。
「ナイト様……あ、ありがとうございます!ああ、あなたにお願いして良かった…。」
袋の重さを感じながら、とわは尊敬の眼差しでナイトを見つめる。
「お嬢から頂いたその言葉が、何よりの褒美です。
あまり多くはありませんが、お2人分の指輪くらいは作れるでしょう。」
ナイトは小さく笑った。
その日の夜。
ベッドで安らかな寝息をたてる、とわ。
「……わ。」
ーーーう…ん…。
「…と…。」
ーーー誰?
「…とわ。」
「!」
はっと目を覚まし、とわがベッドから上半身を起こすと…。
「し、師匠?」
窓から差し込む月明かりを浴びて、つかさが部屋に立っていた。
「こんばんは。」
「こんばんは…って、師匠!一体どうやってここに…じゃなくて…金火竜は……あぁ!」
すっかり混乱しているとわ。
「落ち着いて、ちゃんと一つずつ答えてあげるから。まずは、深呼吸でもしなさい。」
言う通り素直に深呼吸するとわに、くすっと笑うつかさ。
「あのリオ夫婦なら、決して人が踏み込めない場所に運んだわ。
そうね…二度と離れることなく、寄り添っているでしょう。」
「そうですか…師匠、ありがとうございます。」
ーーーあぁ、あの夢は…。
とわはほうっとため息をついた。良かった。
しばし、無言の時間が流れる。
とわは、つかさを真っ直ぐに見つめ、かねてよりの疑問を投げかけてみた。
「…師匠…あなたは、いったい……?」
「何者か、と聞きたいのね?」
「ええ…。あの時、金火竜を相手にしていた師匠のまわりに、妙な揺らめきが見えました。」
「……………。」
「その揺らめきの中に、何人もの師匠が見えたんです。あれは…何ですか?」
「そう、あれが見えたのね……。」
つかさはとわに背を向けると、窓際に歩み寄る。
「……とわ。」
「はい。」
「私が何者か…まだ話す訳にはいかない。けれど、私はあなたの味方。
それだけは信じてほしい…。」
つかさの輪郭が、月明かりに溶けそうだ。
こちらを見たつかさの表情が儚げに見え、とわは思わずその手を握る。
「師匠……。」
つかさは微笑む。そっと、その指が窓を開く。
一陣の風が、カーテンを巻き上げる。
いつの間にか現れ、つかさを抱き上げた漆黒の燕尾服の男。
「師匠が何者でも、わたくしは構わない。……また、お会いできますか……?」
「ええ、また会いましょう、とわ。」
再びカーテンが揺れ、つかさの姿は消えていた。
「…………。」
生きている時間が違うのかも知れない。ふと、そんなことを考えた。
あの男も人間離れしている。
本当に、いったい何者なのだろう。
……爺やの命と、わたくしの心を救って下さった。それが、わたくしの目の前の真実。
「不思議な人だわ……。」
とわはしばらくの間、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。
対になるもの。
人の心に存在する、光と闇。
夫婦であったり、恋人である一対の男女。
愛情、友情、あるいは憎しみ。すなわち互いを思う心。
生きることと死ぬこと。
そして、そんな一対の結晶である、兄夫婦への結婚指輪。
とわは窓から吹き込む風の中、目を閉じる。
あの日夢で見た、金火竜がくれた2つの炎。
あれが意味するものを考えるのが、今の自分の宿題なのだろう。
「もう行くのか。」
村外れまで見送りに来た、シオンとりんね。
「ああ、世話になったなシオン。」
右手を差し出すジョウジ。
「らしくないなジョウジ。」
シオンの言葉に、
「ああ、そうだな。」
拳を軽く合わせるジョウジとシオン。
「……また会おう、その時まで元気でいろよ!」
「俺達ももう若くないんだ、お前も無茶するなよ!」
「その言葉、そっくり返してやる!お前も早く子供を作って、りんね殿を幸せにしてやれよ!」
「「な…。」」
シオンとりんねは、顔を見合わせて赤くなる。
男たちの軽口。
動き出す荷馬車。
いつまでも手を振る夫婦。
彼らの日常が、また、動き出す。
とうとうと流れる時の中、与えられた命の終わりを迎えるまで、精一杯生きるとしよう。
1人のハンターとして、1人の人間として。
「その悦びも業も、全部背負って生きていかないとね。」
とわの呟きに、ジョウジは小さく頷いた。
一行の目指す地の上空には、見事な二重の虹が、架かっていたーーー。
対になるもの fin
とわ&GG共著