汗ばむ夏の日、ラギはとわを誘い、採取ツアーに来ていた。
原生林のスタート地点からの出発。
辺りは膝丈、深いところでは腰の辺りまで水に浸かる。
「お前は原生林は何回めだ?」
ラギは、ジャブジャブと水をかき分け支給品BOXに寄って行き、地図を取った。
「さあ…片手で数えるくらいですわ。」
近づくとわに、ラギは先に取った地図を渡し、自分は新しくまた地図を取る。
「見てみろ、蝶が綺麗だろう?」
指差された方を見ると、無数の青い蝶が飛び交っている。
青、碧、瑠璃、群青、浅黄、縹、ライトブルー、コバルトブルー…他に色々と色の名はあるのだろう。
言い尽くせぬほどの色の乱舞に、めまいさえ覚える。
「…すごい…。」
すっかり魅了されたとわ。瞬きも忘れて、景色に見入っていた。
ラギがとわの隣に立つ。
「時間一杯まで、のんびりすると良い。」
とわが見上げると、いつの間にか仮面をとった彼が、微笑んでいた。
褐色の健康的な肌に、切れ長の涼しい目元。
目の下から頬にかけて赤くペイントが施され、独特の雰囲気だ。
「釣りもできるし、ピッケルや虫網もある。お前の時間だ、好きに過ごせ。」
心地よい低い声に頷き返し、とわは水の中にしゃがみ込んだ。
「冷たくて気持ち良い…。」
「泳ぎの練習でもするか?」
「ふふ、ここなら溺れなさそう。」
笑うとわに、ラギはちょっと真剣な声で言う。
「いや、人間、膝くらいの水があれば溺れられるんだぞ。」
「えっ?」
「見てろ。」
言うなりラギは、横になった。完全に顔が水没する。
とわは、はっとした。
そうだ、必ずもがけるとは限らない。両手両足が自由で、意識があるのが前提…!
彼はざばっと半身を起こし、ブルブルと顔を振って水を飛ばす。
「先入観はいけない。」
とわが頷くと、彼は続けた。
「オレは海で育った。溺れた奴を助けようとするだろう?」
「ええ。」
「助けが来たのだから、大人しくなると思うだろ?
それが、大抵の奴は必死だから、物凄い力でしがみついて来たり暴れたりするんだよ。
オレは、そういう奴は頭を掴んで一回沈めることにしている。すると、大人しくなる。」
「て…手荒い…。」
「…助けに行った方まで沈んだら、2人ともオダブツだろうが。」
「なるほど…。」
「もしお前が溺れたら、オレが必ず助けてやるから、噛み付いたりするんじゃないぞ。」
ははは、ラギが笑う。
「首は締めないから安心して。」
「お、言うようになったな。」
ラギの大きな手が、とわの頭を撫でる。
「お前は固定観念が強い方だからな。色々見て、聞いて、考えて、もっともっといい女になれ。」
とわはこくんと頷いた。
固定観念。たしかに、わたくしは強い方だと思う。
とわは、体の力を抜いて、仰向けに水に浮かんでみた。
ラギの手が腰を支えてくれる。
身体がふっと水面に浮き、軽く感じる。
ラギの手が静かに離れる。
身体は、浮いたままだ。
「わたくしは、浮けないもの。泳げるわけないわ。」
これも自分の固定観念だったと、身をもって知った。
「固定観念ってのは、自分をがんじがらめにし、チャンスを逃すものだとオレは思う。
そのまま静かに手で水を掻いてみろ。」
とわは、言われたように手を動かしてみる。
すると、スーッと身体が水面を走る。
「その感覚を忘れるな。お前は泳げるようになる。」
ラギが、両腕を掴んで引き起こしてくれた。
「泳げないと思ってる奴は、だいたいが、呼吸の仕方がわからないか、余計な力が身体に入って水に逆らってるかなんだよ。」
とわは心底、この男がすごいと思った。
自分の知りたいことを、ちょうど良く与えてくれる。
じっと見つめていると、ラギはにかっと笑った。
「だから、早く嫁に来い。」
「………。とても、荒っぽいわ………。」
夏の昼下がり。
原生林のベースキャンプに笑い声。
とわが泳げるようになるのも、そう遠くはないかもしれない。
水辺にて fin.
とわ著