「斎藤清」(ウィキペディアはこちら)という版画家の名前を知ったのはいつの頃
だったでしょうか?。静岡で暮らしていた頃に知ったのは間違いないのですが、十年
くらい前だったかな…いや、もっと前のような気がする
。何かの展覧会でこの版画
家の猫の版画を目にし、そのあまりの愛らしさとユーモラスさに感激して、もっと
この猫
ちゃんを観たい
と思った…で、その名を冠した美術館が福島県の柳津と
いう所にあると知り、いつかはその美術館に行くんだ![]()
![]()
と心に決めていたわけ
ですが、如何せん静岡県から福島県は遠い
。夫の定年退職でさいたまに戻ることは
決まっていたので、柳津へはさいたまから行けばよいと考えた…そしてさいたまに
戻って約4年、コロナ禍もあって4年越しでようやく柳津に出るチャンスをゲット
。
版画家の名前を冠する「斎藤清美術館」は、前回の記事で申し上げたとおり、「道の
駅 会津柳津」(こちら)に隣接しています。さいたまからの運転お疲れさまの夫
には車で休んでいてもらい、〝火打石〟一人で美術館へGO
。
斎藤清美術館では現在、企画展「斎藤清 祈りの形象学(フォルモロジー)」が開催
されています。
この企画展について美術館のホームページ(こちら)には、❝「会津の冬」と並ぶ
ライフワークの一つであり、多くの人々に愛されている「慈愛」シリーズをはじめ、
斎藤清による仏教的テーマを扱った作品約70点を紹介します。❞とあるのですが、
恥ずかしながら〝火打石〟はこの版画家のことをよく知らなくて、❝斎藤清による仏教
的テーマを扱った作品❞は今回初めて目にした
…猫と「会津の冬」しか知らなかった
んですね
。
斎藤清の「プロフィール」はこちらをどうぞ。「プロフィール」の「影の発見と回帰」の章
には、❝続く1970年代は、斎藤にとって画業の成熟期であった。❞、❝1940年代から描き始めた
古仏は、≪慈愛≫というシリーズとなり、以降晩年にいたるまで木版画・墨画における主要な
テーマの一つとなった。❞とあります。
美術館の入場チケット
。この猫
ちゃんたちに会いたかったのよ…
☝☟多目的ホール(こちら参照)にて撮影。
奥会津ではまだ桜が楽しめました
。
聖なるもの、そしてそれらに向けられてきた数多の祈りに対する、敬意と慈しみ。
奈良の古仏や会津の石仏のイメージに込められた、
画家の深い想いに触れていただく展覧会です。
ホームページ(こちら)の文章ですが、寺社めぐりも趣味とする〝火打石〟には、
古仏や石仏は馴染み深いもの。とはいえ❝奈良の古仏❞はそれなり(失礼
)に拝観
していると思いますが、❝会津の石仏❞はまだ
…この日、この後、美術館のすぐ近く
にある月光寺さんをお詣りしたのですが、月光寺さんには❝斎藤清画伯の版画のモデル
となったお地蔵様があります。❞
お地蔵様の絵葉書を購入しました
。
☝絵葉書にもチケットの猫ちゃんが
。
美術展に足を運ぶようになって〇十年、当然ながら絵を観始めた頃の心身は既に
無く、気だけはまだ若いつもりでも、老いを受け入れざるを得ない…体力もさること
ながら視力の衰えも著しく、若い頃はそれほど惹かれなかった木版画を、この頃は
とても面白いと感じる。(清原啓子の銅版画(こちら等参照)など、若い頃なら一日
見ても見飽きなかったのが、いまはもう目が疲れて
…でも大好物なのは変わらない
ですけどね
。)若い頃楽しめなかった世界を味わえるようになったと思えば老いる
のも悪くない
。念願の斎藤清美術館訪問を果たせて大満足の〝火打石〟、車に
戻って夫と合流。≪慈愛≫のモデルのお地蔵様を拝みに月光寺さんへ向かいます
。























