お彼岸も過ぎて気づけばもう神無月…季節の急激な変化に猛暑の疲れがどっと出て
いる〝火打石〟
。涼しくなるのはありがたいのですが、「涼しくなったらあれも
やろう、これもやろう
」と脳内であれこれToDoリストを作成していたのが、いざ
涼しくなってみると気力体力が追いつかない
。❝寄る年波には勝てぬ❞とはこういう
ことを言うのか
。思えば去年は神無月の初めにCOVID-19に感染して、半月弱隔離
生活を送っていたのだった
。やはり季節の変わり目は油断ならない…って、一ヶ月
遅れてますよね秋の訪れ
。涼しくなったって言ったって、部屋の温度計を見れば
まだ夏日の25℃
…これが涼しく感じられるということは、いかにこの夏猛暑に
晒されていたかということ
。(〝火打石〟はこのブログで、今年の夏の暑さを
「酷暑」と書いていましたが、こちらの記事を読むと❝酷暑日とは、日最高気温が
40℃以上になった日のことを指す、2022年夏に日本気象協会が命名した言葉です。❞
とありますので、「酷暑」の語を使うのを止めて「猛暑」と書くことにしました
)
猛る暑さもようやく鎮まりーこの先もう❝最高気温が35℃以上の日❞(こちら参照)
はさすがにありませんよね?―心身ともに一息ついたところで振り返るお盆の鳥取県
での寺社めぐり
。8/14にさいたまを出て奈良県大和郡山市で一泊し、15日は大和
郡山から宿を取った鳥取県倉吉市へ…途中、播磨国(兵庫県)を抜け美作国(岡山
県)に入り美作国の一の宮である中山神社さん(岡山県神社庁のページはこちら
ウィキペディアはこちら こちらのページもどうぞ)を参詣
。今年はGWに丹後国、
但馬国、播磨国の一の宮を参詣し、お盆には美作国、因幡国、伯耆国の一の宮を参詣
したのですが、播磨国と美作国は山陽道、丹後国、但馬国、因幡国、伯耆国は山陰道
に属するわけですが、〝火打石〟としては2024年は山陰道で寺社めぐりの年
という
気分でいるのでー丹波国の一の宮、出雲大神宮さんも先週末お詣りしてきました![]()
(丹波国も山陰道に属する…って、猛暑の疲れでヘタってるんじゃないのかよ
)ー
山陽道に属する美作国の一の宮参詣はちょっと違和感
。まぁそういうのもおかしな
話(GWだって山陽道に属する播磨国の一の宮、伊和神社さんをお詣りしているのです
から
)、ともあれこれまであまり足を延ばしたことのない中国地方に出撃して寺社
めぐりを楽しんで参りしました
。
中山神社さんの鳥居…ウィキペディア「中山神社」には、❝境内正面入口のものは
「中山鳥居」と呼ばれる独特の構造である❞、岡山県観光連盟のサイト(こちら)には
中山神社の鳥居は、1791年(寛政3年)の作。高さは約11m。花岡岩製。
両柱を支える貫はあるのですが、その柱より出た部分=木鼻がまったく
ないため全国的に珍しく評価されています。
と紹介されています。
まさに❛盛夏❜というにふさわしい、真夏の太陽ギラギラ青い空、白い雲の下での美作国
一の宮の参詣…中山神社さんの御本殿は、❝単層入母屋造妻入・桧皮葺です。大正3年
に国指定文化財に指定されました。中山造と呼ばれ、美作の多くの神社の模範とされ
ました。❞(「岡山観光WEB」)、❝永禄2年の尼子晴久による再建で、入母屋造妻入
の他地方には例を見ない「中山造」と呼ばれる構造をとる。国の重要文化財に指定
されている。❞(ウィキペディア)とあります。(文化遺産オンラインの「中山神社
本殿」のページ(こちら)もどうぞ)。
いただいた参拝の栞から御由緒や御祭神について引用させていただくと…
(尼子晴久公についてはこちらをどうぞ。)
御祭神の石凝姥神さま…ウィキペディア「イシコリドメ」の「神話での記述」には
❝岩戸隠れの際に八咫鏡を作った。ちなみに日前神宮・國懸神宮(和歌山市)には八咫
鏡に先立って鋳造された鏡である日像鏡・日矛鏡がある。日像鏡は日前神宮の神体
、日矛鏡は國懸神宮の神体となっている。❞と解説されていますが、日前神宮・國懸
神宮の両神宮は昨年の正月にお詣りしたなぁ
(参詣記はこちら)。日前神宮・國懸
神宮さんは紀伊国一之宮でいらっしゃいますが、公式サイト(こちら)には
神代、天照大御神が天の岩窟に御隠れになられた際、思兼命(おもいかねのみこと)の議(はかりごと)に従い種種の供物を供え、天照大御神の御心を慰め和んで頂くため、石凝姥命(いしこりどめのみこと)を治工とし、天香山(あめのかぐやま)から採取した銅を用いて天照大御神の御鏡(みかがみ)を鋳造しました。
時を同じくして鋳造された天照大御神の二体の御鏡が、日前國懸両神宮の御神体として奉祀されたと『日本書紀』に記されております。
と解説が…俄勉強では石凝姥神さまを御祭神とされる中山神社さんと、石凝姥神さま
の作られた鏡を御神体とされる日前宮さんのつながりはわかりませんが、こうした
知識が得られるのは、参詣の記憶が補強される感じがして嬉しいです
。
※石凝姥神さまについては國學院大學の「神名データベース」(こちら)や「日本の
神様|種類と一覧」のこちらのページも参照なさってください<(_ _)>。
参拝の栞の「中山神社 沿革」には、❝平安時代の代表的説話である「今昔物語」には
当社の猿神伝説があり❞という記述がありますが、ウィキペディアにも❝『今昔物語
集』や『宇治拾遺物語』では、当社の祭神は猿神であるとされている。❞とある
(「祭神」)…「摂末社」の項では、❝猿神社 - 祭神:猿多彦神。本殿裏に鎮座。
『今昔物語集』等の記述はこの猿神社に由来するものと伝える❞と記されていますが、
(「津山瓦版」の「猿神社 (津山市一宮)」もご覧になってください<(_ _)>。)
「日本伝承大鑑」の「中山神社 猿神社」を読むと、あら?、これはまるで漫画
『けんえん。』(こちら参照)の世界だわ…『けんえん。』の主人公・霊犬ハヤテの
モデルは、静岡県磐田市見付に鎮座される矢奈比賣神社さん(ウィキペディアはこちら)
に伝えられる「霊犬悉平太郎伝説」(こちらもどうぞ)の「しっぺい太郎」と思われ
ますが、遠州の言い伝えを彷彿とさせる話を作州で聞くとは
。
※「日本伝承大鑑」には「見付天神/霊犬神社」、「悉平太郎の墓」の解説もあり
ます。「しっぺい太郎」は元々は長野県駒ケ根市にある光前寺さんで「早太郎」と
いう名で飼われていた霊犬だそうで、「日本伝承大鑑」の「光前寺 早太郎の墓」
には、❝早太郎の伝説は光前寺だけではなく、狒狒退治があった見附天神にも伝えられ
ており、この縁で駒ヶ根市と静岡県磐田市は姉妹都市を提携している。かなり距離の
ある土地同士で全く共通の伝説が残る、珍しい実例である。❞とある…犬を使って猿を
退治しようとするのは中山神社さんの伝承も同じですね。「猿神社」さんの御祭神は
現在は猿田彦神さまとされていますが、ウィキペディア「猿神」の「妖怪の猿神」の
項を読むと、❝中世の日本の説話集『今昔物語集』『宇治拾遺物語』などには、猿神は
人間に害を為す妖怪として登場しており、中でも『今昔物語集』巻26「美作國神依猟師謀止生贄語」がよく知られている。❞と記されています(こちらも参照されたし)。
「岡山観光WEB」(こちら)では
【猿神社(さるじんじゃ)】
今昔物語26巻にみえる「中山の猿」の霊を祀るとされています。現在、猿田彦神と
して祀られています。牛馬の安産守護の神と信仰を受け、今もなお、ぬいぐるみの
子猿を奉納する風習が残っています。
と紹介されています。
中山神社さんで拝受した御朱印はこちら(*^-^*)☟
夫は猿神社の御札を拝受していました。猿神さま、サングラスをかけていらっしゃる
みたいでどことなくユーモラス
(失礼
)。
猛暑に喘ぎながらの参拝も今となっては懐かしい…炎天下の参詣、人も少なく却って
好ましいものでしたが(〝火打石〟夫婦は人混みが苦手
)、如何せん暑いのは辛い
![]()
![]()
…無事美作国の一の宮を参拝して、続いて美作国総社の美作総社宮さんを
お詣りしました
。次回UPいたしますね(;^_^A。
































