文月四日は静岡市で最高気温39.3℃の酷暑とのニュース(こちら)に、3年前まで
静岡市民だった〝火打石〟夫婦はかなり驚き…私たちの感覚では静岡が東京より暑く
なるなんてことはほとんど無かったような気がしていたので。まったく、まだ梅雨
も明けていないというのにこの酷暑は何なの。午前中に夕食の作り置きをしようと
キッチンの3つのコンロでお湯を沸かしていたら、危うく熱中症になりかかったような
。〝火打石〟が現在住んでいる夫の実家はキッチンに冷房がないので、この時期は
昼前に夕食の下拵えを済ませているのですが(午後は熱が籠るので)、意識が朦朧と
してきてこれはもうマズいなと。流行りのレンジでチンの料理は慣れないせいか
これまではあまり作っていなかったのですが、もうこうなってくると四の五の言って
いられない。文明の利器の助けを借りよう…って、今更何を言ってるんだか。
おかげさまで台所仕事は何とか❛けり❜が付いて、午後はエアコンを効かせた部屋で
こうしてブログを書き始めたわけですが、今度は電気代に怯えることに。さりとて
先日冷房を入れない部屋で休んだら、これまた熱中症っぽい症状が出たので身の安全
には替えられない。嗚呼…涼しい部屋で参詣記を書くのは楽しいのですが、気楽に
その楽しさを味わえなくなっているこの夏。熱中症と電気代と…夫が「前門の虎、
後門の狼」と呟いていましたが、熱中症で倒れたら余計にカネが掛かるわけで、
これはもう❝狼に喰われる❞ことを覚悟せねばなるまい。という次第で狼に
喰われながら、丹後一宮 元伊勢籠神社さんの奥宮、眞名井神社さん(こちらも
どうぞ)の参詣記をUPいたします。
籠神社さんをお詣りした後、案内に従って眞名井神社さんを目指します。
「股のぞき発祥地」…❝天橋立傘松公園は「股のぞき発祥の地」で有名な観光地です。
天橋立を逆さまに見ると、天にかかる橋のように見えることから、天橋立と名付け
られたとも言われており、天橋立を逆さまに見る「股のぞき」は現在でも定番の
楽しみ方です。❞とこちらのページで紹介されていますが、今年の2月に観光に訪れて
いた男性が公園の展望台から約15m下の斜面に転落したという事故がありましたね
(こちらの記事等を参照なさってください<(_ _)>)…この事故はその男性の知人の
❝悪ふざけ❞に因るものとのことですが、いい大人がまったく何をしているんだか。
私たちは❝股のぞき❞はしなかった…二人ともそういうノリが苦手なんですよね。
二人でこそこそひっそり寺社めぐりを楽しんでおります。
鳥居を潜って参道を進んでいくと、「動物出没注意」の掲示が…熊の姿もありますね
。幸いなことに〝火打石〟夫婦はこれまで野生の熊に遭遇したことはないのですが
(猿、鹿、蛇には何度か遭遇しています。猪は罠に掛かっているのを見たことがあります。足跡は何度も目にしているの
ですが…)、昨今のニュースを聞くと本当に用心しなければと緊張します。熊除けの
鈴を買おうかと夫と話したことも。
☝石碑の「匏宮」(よさのみや)の❝匏❞という字は❝ヒョウタン❞の意だそうですね
(漢字ペディア「匏」参照)。❝匏❞を❝よさ❞と読ませる…こちらの解説に、「真名井
神社の古称『吉佐宮』の〝よさ〟とは、ひょうたんの褒め言葉をかつては「天の
よさづら」と呼んだことから。吉佐宮では天の真名井の水をひょうたんに入れて
神祭りをしていたので、それが社名になったと言われています。」❞とあります。
❝一云(「一に云う」ということですよね?)❞の「久志浜宮」は天橋立観光協会の「眞名井神社」
のページに、❝元伊勢籠神社の奥宮で、別名を久志濱宮(くしはまのみや)とも云う。
「くし」とは霊妙なる不思議なパワーの源を意味し、現在はパワースポットとして
多くの方が訪れます。❞とあります。
☝こちらの解説に、❝「丹波与佐之宮」とは、当社の古称であり、鎮座する山を藤岡山
といいます。❞とあるのですが…
「藤岡山(天香語山」の標…これ、ネットを浚ってもうまく情報が浚えない。申し
訳ございませんm(__)m。こちらの記事では❝<真名井神社の神名備山>❞としてこの
標の写真を挙げ、❝彦火明の息子である「天香語山」の名が、付けられています。❞と
解説されているのですが…❝彦火明の息子❞でさらに浚ってみたのですが、これもまた
うまく浚えず。ウィキペディア「ニギハヤヒ」の「降臨に随伴した神」の項に
❝天香語山命(あめのかごやまのみこと)❞とあるのですが、正直俄か勉強ではもう
よくわからない。堪忍したって。
狛龍さんですね。
「真名井原縁起」についてはこちらの記事を参照なさってください<(_ _)>。眞名井
神社さんの境内は以前は撮影可だったんですね。こちらの記事を拝見しても御社の
写真がある…私たちがお詣りした際は
☝の立て札があって、写真撮影はできなかった。なので籠神社さんでいただいた
参拝の栞から、眞名井神社さんの境内の写真をUPさせていただくことにします。
☝波せき地蔵さまの写真。
御祭神の豊受大神さまについて、ウィキペディア「トヨウケビメ」には
伊勢神宮外宮の社伝(『止由気宮儀式帳』)では、雄略天皇の夢枕に天照大神が
現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の比治の真奈井
(ひじのまない)にいる御饌の神、等由気太神(とゆけおおかみ)を近くに呼び
寄せなさい」と言われたので、外宮に祀るようになったとされている。即ち、
元々は丹波の神ということになる。(「神話での記述」)
とありますが、この辺りはそれこそ俄か勉強では手が出せない…伊勢の神宮の
こちらのページの解説(「豊受大神宮の由緒と沿⾰」)では
天照大御神の御神慮によって豊受大神宮がお鎮まりになったことには、どんな
意味があったのでしょうか。皇大御神は、豊受大御神の御神慮を仰ぐことなしに、
食事に代表される生活全般の正しい豊かな営みが不可能であることを、みずから
お教えくださったものと考えます。この御代は大陸との交通がますます盛ん
なり、産業の開発も著しく、国富はいよいよ充実した時代であったことを考える
と、その深い神慮のほどがうかがわれます。
とありますが、不遜を承知で〝火打石〟がこの解説から感じたのは、日本海に面した
丹波(丹後)国の神さまが伊勢に招かれたのは、❝この御代は大陸との交通がますます
盛んと❞なったからなのではないかということ…貿易の重視、ということですかね?。
まぁそんな俗な物言いは天照大御神さまにも豊受大御神にも失礼でしょうが。
※御祭神の「神代五代神」は「地神五代」の神さまを指すと考えて良いのでしょうか?。ウィキ
ペディアには、❝地神五代(ちじんごだい)とは、日本神話において、天照大神・天忍穂耳尊・
瓊瓊杵尊・火折尊・鸕鶿草葺不合尊の5柱の神々およびそれらの神々の時代(『日本書紀』神代
下に相当)のこと。天神七代と人皇の間に位置する。❞とあるのですが、そうすると天照大神
さまが重なってしまうことになるのが気になるのですが…
眞名井神社さんの御朱印は籠神社さんで授与していただきます(こちら参照)。
両宮(本宮と奥宮)の御朱印です。
☝こちらの御朱印も籠神社さんで授与していただきました。
4日にこの記事を書き始めましたが、5日は都内に美術展を観に行ってしまい、6日は
酷暑に喘いでようよう7日に書上げられた…もう酷過ぎるでしょこの暑さ。
静岡で40℃(こちら)なんてありえない。〝火打石〟夫婦は静岡市の駿河区に
3年前まで住んでいたのですが、❝静岡市駿河区の静岡地方気象台では、13時18分に
40.0℃を記録しました。静岡における観測史上最高気温です。❞って、そりゃそうで
しょうよ。今日(7日)はもうどこにも出かけず一日部屋でブログを書いていた
〝火打石〟、5日は都内でデヴィ夫人をお見かけしましたが(都知事選に出馬された
田母神俊雄さんを応援されてた)、夫人もたいへんだっただろうなぁ…都知事選
どうなるんだろ。どうせ百合子の姐御の圧勝でしょ。『光る君へ』は今日お休みだし…
脳が蕩けて思考が纏まらなくなってきたようですので今回はこの辺りで失礼させて
いただきますm(__)m。皆様も充分に御自愛なさってこの恐ろしすぎる季節を乗り
切ってください。御幸運をお祈り申し上げますm(__)m。