2024年も半分が過ぎて、文月は〝火打石〟の誕生月なのですがちっともめでたいこと

 

は無いショボーン…文月生まれなのに暑さに弱いのはどうしたことか?。大雨か猛暑かのこの

 

頃の陽気に気が滅入りますが、そろそろお盆休みの計画を立てねばと夫と打ち合わせ

 

る。GWの丹後国(京都府)、但馬国(兵庫県)、播磨国(兵庫県)の一の宮巡拝に

 

続いて、葉月には因幡国(鳥取県)、伯耆国(鳥取県)、美作国(岡山県)の一の宮

 

巡拝を予定していますが、果たしてどうなることやらはてなマーク。とりあえずブログはGWの

 

参詣記を続けることにして、今回は丹後一宮  元伊勢籠神社ウィキペディアは

 

こちら)さんの参詣記をUPさせていただきます(;^_^A。

 

※「全国一の宮」についてはこちらをどうぞ。

 

 

 

 

 

 

智恩寺さんをお詣りして天橋立神社さんまで歩き、駐車場に戻って車で籠神社さんを

 

目指す…「日本三景」を堪能しないのが〝火打石〟夫婦流ドクロ。この日(5/4)は籠神社

 

さんと奥宮の真名井神社さんをお詣りした後、❝かつては籠神社の神宮寺❞だった

 

大谷寺さん(こちら参照)、❝文武天皇の勅願寺❞で❝西国三十三所第28番札所❞の

 

成相寺さんを参詣したのですが、私たち夫婦が寺社めぐりを意識せず観光を楽しめる

 

日は来るのでしょうか??。

 

 

 

 

 

 

 

 

     

 

 

向かって右の社号標が翳って文字が読みにくいですが、「與佐宮阯丹後一ノ宮」と

 

記されています。

 

 

 

 

 

 

 

☝こちらは参拝の栞から引用させていただきました(籠神社さんの「境内案内」も

 

参照なさってください)。宇治橋を渡り一の鳥居を潜って参道を進みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

籠神社さんの御祭神、御由緒についてはこちらをどうぞ。彦火明命さまをネットで

 

検索するとウィキペディアでは「天火明命」とある…ネットで情報を浚ってみると、

 

この神さまは籠神社さんの神職の海部氏や❝熱田神宮大宮司を代々務めた❞尾張氏

 

(ウィキペディア「尾張氏」参照)の氏神さまでいらっしゃるとのこと。尾張国

 

神社さんは静岡県民だった頃ちょくちょく(?)お詣りさせていただきましたが、

 

「丹後一宮」の参詣記で当時を振り返ることになるとは思っていませんでしたあせる

 

 

 

 

 

 

ウィキペディア「籠神社」の「神職」の項目には

 

 

 籠神社の神職(社家)は、古くより海部氏(あまべうじ)の一族が担っている。

 海部氏とは海人部を統括した伴造氏族で、全国に分布が見られ、籠神社社家は

 それらのうち「海部直」姓を称して丹後に拠点を持った一族である。

 一族には、現存では日本最古の系図「海部氏系図」(国宝、平安時代の書写)が

 残されており、彦火明命を始祖(初代)として82代の現宮司までの名が伝えられて

 いる。また海部氏一族が丹波国造を担ったとも伝えているが、丹波国造について

 『先代旧事本紀』の「国造本紀」では尾張国造と同祖で建稲種命四世孫の大倉岐命

 を祖と記し、同書「天孫本紀」では饒速日尊(天火明命)六世孫の建田背命を祖と

 記すように、天火明命を祖とする尾張氏系と彦火明命を祖とする当一族との関連性

 が見られる。

 

 

と記されています。この解説では彦火明命さま=天火明命さまではないですよね…

 

う~ん、❝『先代旧事本紀』では、天火明命(アメノホアカリ)とニギハヤヒは同一神

 

とされる。 他方、『新撰姓氏録』においてはニギハヤヒは、天神(高天原出身、皇統

 

ではない)、天火明命(アメノホアカリ)は天孫(天照大神の孫)とし両者を別と

 

する。❞とウィキペディア「ニギハヤヒ」にあったり、ええい、もう俄か勉強では埒が

 

明かないガーン。ともあれ彦火明命さまを調べてみたら「尾張」が出てきて〝火打石〟は

 

昔を懐かしんだという次第(;^_^A。

 

 

※彦火明命さまについてはこちらの記事もどうぞ。尾張国関係では「名古屋神社

ガイド」の「アメノホアカリ」の記事も参照なさってください<(_ _)>。

 

 

(以下も参拝の栞より)

 

 

 

 

 

籠神社さんの御宝物についてはこちらをどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

参道を進むと重要文化財の「魔除けの石造狛犬」が見えてきました目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

☝とのことですので御社殿の写真は無し汗…参詣の栞などからUPさせて頂きますねあせる

 

 

 

 

 

冠島・沓島遥拝所…大谷寺さんをお詣りする際、ケーブルカー乗場脇を通り過ぎたの

 

ですがいやはや凄い人の出だった叫び。やはりGW…残念ながら私たちはケーブルカーに

 

は乗らなかったのですが、「海の奥宮」を遥拝できなかったのは残念ショボーン

 

 

※冠島・沓島遥拝所についてはこちらの記事もどうぞ。こちらでは❝別の記事でも紹介

 しましたが、彦火明命は饒速日と同一視されています。❞とあるんですよね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※比婆須比売命さまについてはこちらをどうぞ。

 

 

 

 

 

 

☝のような解説を読むと、神社検定の受験勉強を思い出すなぁ照れ豊鋤入姫命さまと

 

倭姫命さまの「御杖代」としての巡幸、そして「元伊勢」となった御宮。豊受大神

 

さま(こちら こちらもどうぞ)の御鎮座に纏わる伝承も、神社検定の受験勉強で

 

覚えましたが、その伝承の地をこの目で拝観する日がくるなんてびっくり。伊勢の神宮と

 

「吉佐宮」の「深い繋がり」は受験勉強の際も感じていましたが、実際にその地に

 

立つと感慨も一入照れ

 

 

 

 

元伊勢籠神社さんで拝受した御朱印はこちら(*^-^*)☟

 

 

 

     

 

 

 

 

☝「全国一の宮御朱印帳」にも授与していただきましたクラッカー

 

 

 

 

続いて奥宮の真名井神社さんへ…真名井神社さんは強力なパワースポットとネット上

 

で紹介されていますが、残念ながら〝火打石〟夫婦はそういった方面にはまるで疎い

 

ので、参詣記ではそちらの方についてはまったく書けませんショボーン。いつものように

 

御由緒や御祭神についての記述ばかりかとあせる…悪しからずご了承くださいますよう

 

お願い申し上げますm(__)m。