前回の記事は皐月三日の、愛知県知立市に御鎮座の知立神社さんの参詣記、当日は
知立まつりの熱気に感激いたしましたが、お隣にある知立公園の花しょうぶ園では
「明治神宮御分譲」…國學院大學の学生だった時分、水無月には明治神宮御苑の
花菖蒲田でアルバイトをしていた〝火打石〟は当時を懐かしく思い出しました。
あの頃も外人さんが多く来られていましたが、今はもっと凄いんだろうなぁ…
知立市ではかきつばたまつり(こちらもどうぞ)も行われていたのですね。昨年
(2023年)2月、大河ドラマ『どうする家康』ゆかりの寺社をめぐろうと夫が三河国
へ出撃した際、知立市広見にある八橋山 無量壽寺さん(こちらもどうぞ ウィキ
無量壽寺さんの境内には八橋かきつばた園があります。夫が参詣したのは如月です
からかきつばたは当然咲いていませんが。
この日(2024年5月3日)は残念ながら無量壽寺さんはお詣りできなかったんですよね
。知立神社さん参詣の後お詣りしたのは知立市西町新川にある總持寺さん(こちら
もどうぞ)。地図(こちら参照)を見ればわかりますが知立神社さんと總持寺さん
はすぐ近く(知立神社さんの御住所は知立市西町)…總持寺さんはかつて知立神社
さんの別当寺でした。
お寺さんを巡っていると、☝のような中国風?の山門を見かけることがありますが、
こうした門は鐘楼門というのかな?(こちら参照)。こちらの記事では「竜宮門」
(こちら参照)と言っていますね。
天台寺門宗についてはこちらをどうぞ。ウィキペディアはこちら。
流汗不動さまについてはこちらの記事をどうぞ。
「三河新四国三不動」についてはこちらをどうぞ。静岡に住んでいれば「三不動」の
他の二つの札所(蒲郡市の西浦不動さま(こちら)と豊川市のみちびき不動さま
(こちら))をお詣りするのはそう難しくはないですが、如何せんさいたま市民の
現在、気軽に愛知県までは出られない…。
昨冬夫がお詣りした無量寿寺さんは「三河新四国(八十八ヶ所霊場)」(こちら参照
ウィキペディアはこちら)の第四番(札所)でしたが總持寺さんは第一番の札所。
☟こちらは開山堂。
八大龍王についてはこちら(ウィキペディアはこちら)、八大天狗についてはこちら(ウィキペディアはこちら)を
それぞれ参照なさってください<(_ _)>。
知立神社さんの境内には徳川家康公の側室で、家康公の次男 結城秀康公の生母
於万の方(こちら)の像がありましたが、總持寺さんには「徳川秀康之生母 於万之
方誕生地」の碑があります。
總持寺さんで拝受した御朱印はこちら☟(*^-^*)。
夫は流汗不動さまの御札も拝受していました。
武州から丹州への移動日で、寺社めぐりは知立市の二社寺のみだった5/3。この後順調
に丹後国に入り、翌4日からは久々に西国での寺社めぐり(って、三河国は「西国」
ではないの→ウィキペディア「西国」の「区域」の項を参照されたし
)。4日に
丹後国の一の宮、元伊勢 籠神社さんをお詣りしました。次回参詣記をUPいたし
ますね(;^_^A。