能登半島地震から1ヶ月が経って…元日、さいたまでも揺れを感じたあの日から1ヶ月

 

経つのかと思うと不思議な気がする。もう1ヶ月なのか、まだ1ヶ月なのか…被災して

 

いない〝火打石〟でもそんな思いに駆られるのですから、実際に被災された方の思い

 

はもっともっと複雑でしょう。私のような者が安易に被災された方の思いを推し

 

量ってはいけませんが、とにかく一日も早く能登が復興することを切に願う…寺社に

 

お詣りする際にはそればかりを神仏に祈っております。令和5年葉月の「出羽国で寺社

 

めぐり」ももう終わりになりますが、続けて令和6年年始の「紀伊国で寺社めぐり」の

 

参詣記を書く予定…昨年の年始も和歌山県で神社仏閣を巡ったのですが、熊野三山

 

詣でた昨年に対し、今年は高野山を詣でて、能登の方々に一日も早く平穏な日常が

 

戻りますようにと祈らせていただきました。思えば4年前の秋、輪島市門前町の

 

総持寺祖院さんをお詣りしたのですが、総持寺祖院さんも応急危険度判定で「危険

 

(赤)」の貼り紙がされているとのことで(こちら)、かつて参詣した者として

 

たいへんに胸が痛むショボーン…横浜の鶴見の総持寺さんをお詣りして、総持寺祖院さんの

 

復興を祈らせていただこうかと考えております。

 

 

 

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さて、その「出羽国で寺社めぐり」、今回で書き上げられるかどうか?…立石寺さん

 

の奥の院をお詣りするために1000余段の石段を上っているところまでを前回でUP

 

しましたが、

 

 

 

こちらを参照なさってください<(_ _)>。)

 

 

 

姥堂を過ぎて、四寸道を通り、

 

 

     

 

 

せみ塚に差し掛かったのですが、あれ?、塚の写真が無いガーン…申し訳ございませんが

 

こちらの記事をご覧になってくださいm(__)m。公式HPの解説はこちらから。

 

 

俳聖の句の世界を体験できた… 

 

 

 

      

 

弥陀洞 (こちらもどうぞ)

 

 

  

 

 

 

 

 

 

仁王門をくぐって性相院こちらもどうぞ)を参詣

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

     

 

 

金乗院こちらもどうぞ)を参詣   

 

 

 

 

 

 

中性院こちらもどうぞ)を参詣

 

 

 

 

 

 

最上義光公の御霊屋(こちらをどうぞ。こちらも参照なさってください。)

 

 

 

 

 

ついに奥之院へ辿り着くクラッカークラッカークラッカー…奥之院をお詣りしてから華蔵院をお詣りしたのです

 

が、華蔵院の写真を先にUPさせていただきますあせる

 

 

   

 

 

 

 

 

 華蔵院 三重小塔についてはこちらもお読みになってください。こちらもどうぞ。

 

 

 

       

 

 

 

 

 

 

奥之院こちらもどうぞ)

 

 

 

こちらを参照なさってください<(_ _)>。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おくのいん 丈六弥陀」と木札にありますが、“丈六”とは“「一丈六尺(約四・八五

 

メートル)」の略。仏像の標準的な高さとされる。”(コトバンク「丈六」参照 

 

丈六仏」(こちらも)も参照)とのこと。大仏殿には一丈六尺の阿弥陀如来さまの

 

像が安置されているということですね。

 

 

 

 

奥之院、華蔵院とお詣りして、開山堂へ向かったわけですが、やはりここまでで結構

 

記事が長くなってしまったドクロ…開山堂、五大堂は次回にUPとしましょう汗。次回が

 

最終回あせる、できるかぎり間を置かずにUPいたしますね(;^_^A。