ついに水無月も最終週にガーン。またブログUPが1週間ぶりになってしまったえーんえーんえーん

 

…って、その間に『どうする家康』もトンデモな展開が繰り広げられてしまったドクロ

 

前回(6/25放送)の「築山へ集え!」、いくらなんでもあの展開は無いでしょう!?

 

(以下番組への愚痴汗) “戦のない世をつくる”という瀬名の寝言に歴戦の武将たち

 

があっさり乗るのも噴飯ものだし、経済政策については瀬名に言われるまでもなく

 

楽市・楽座」が既に行われていた筈。まぁ突っ込みどころだらけでいちいち論う

 

のも馬鹿馬鹿しいですが、それでもあえて言わせていただくと、仮に瀬名の謀を実現

 

させようとするなら、あの時点でその可能性を最も高く持っているのが美濃の織田で

 

しょう。そして三河の徳川には“信長の娘” 五徳というカードがあるのですから何故

 

それを切らないはてなマーク。五徳は信康を慕っていると言っている(これもなんだかなぁドクロ

 

…)のだから、信康が五徳に「そなたの父上を説得してくれ」とでも言う方が偽戦を

 

繰り返すよりはるかにリアリティがあると思うのですが汗。第一偽の戦なんて、軍の

 

上層部はとにかく一兵卒に至るまで瀬名の謀を納得していたとでも!?。無理無理、

 

有り得ないドクロドクロドクロ…史実の考証なんてレヴェルの話じゃない、あまりにも荒唐無稽

 

過ぎて、「築山へ集え!」の展開は、とてもプロの仕事とは思えないムキー。脚本家の

 

先生、大丈夫?と〝火打石〟はかなり本気で心配しています汗。古沢先生、精神を

 

病んでしまっていませんか?。こんな荒唐無稽な話を大河ドラマとして公共の電波に

 

乗せてしてしまうNHKも大丈夫?????、と、まぁ愚痴はこのくらいにして、GW

 

の参詣に戻りましょうあせる

 

 

 

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奥州市での寺社めぐりもそろそろ終わりが近づいて…陸中一宮  駒形神社さんを

 

お詣りして、5/2、最後にお詣りしたのは奥州市水沢 日高小路に鎮座される日高神社

 

さん(ウィキペディアはこちら 岩手観光協会のページはこちらニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日高神社さんの御由緒は下記にUPする参拝の栞の抜粋をお読みになってください。

 

ウィキペディア「日高神社」の「歴史」の“創建伝承”の項には

 

 

 日高神社の創建は弘仁元年(810年)に第52代嵯峨天皇の勅命によりこの地に

 勧請した事が始まりとされる。この地の首魁であったアテルイが降服し、延暦

 21年(802年)に胆沢城坂上田村麻呂によって造営されてから8年後の創建と

 なり、日高見国の信仰を継承する形で中央政府の神々を祀る胆沢鎮守府の神社に

 されてきたと推測されている。

 

 

と記されていますが…「名称」の解説には

 

 

 名称には諸説あり、この地が古来より日高見国と呼ばれ、日高見国勢力の中心地

 であったことや、前九年の役の折に源頼義が祈祷したところ、雨が急に止み日が

 高く昇り、未の刻(午後2時ごろ)に安倍貞任を討ったことに因むとされる。

 妙見菩薩を祀る宮として「日高妙見」や「日高妙見神社」とも呼ばれている。

 

 

とあり…読んでいて気になるのは「日高見国」という国名。ネットで「日高見国」を

 

検索すると興味深い記事がいくつも出てきますが、とりあえずここではコトバンク

 

「日高見国」の[三]、“古代蝦夷(えみし)のいた陸奥(みちのく)国の一部の地名。今の

 

北上川下流域という。”を挙げておきましょうか?。“日高見国の信仰を継承する形で

 

中央政府の神々を祀る胆沢鎮守府の神社にされてきたと推測されている。”とのこと

 

ですが、御社の前の御祭神を紹介する看板☟には“うぶすなの宮”と記されていますね

 

 

 

 

 

ウィキペディア「日高神社」の「祭神」の項には、“天之御中主神火産霊神

 

大年神御年神、若年神、水波乃売神大国主神倉稲魂神の8柱を祀る。因みに

 

天之御中主神は妙見菩薩と習合する事の多い神である。”と記されています。

 

 

 

 ☜いただいた参拝の栞

 

 

 

     

 

 

妙見菩薩を祀る宮として「日高妙見」や「日高妙見神社」とも呼ばれている。”との

 

ことですが、“妙見菩薩(みょうけんぼさつ、旧仮名遣:めうけんぼさつ)は、北極星

 

または北斗七星を神格化した仏教天部の一つ。”(ウィキペディア「妙見菩薩

 

より)だそうですね。ウィキペディアには「妙見信仰」は“信濃から関東・東北に

 

かけての牧場地帯に多く見られる信仰”と記されています(“妙見信仰の発展”)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日高神社さんの境内には2本の「姥杉」と呼ばれる杉があります。“1本は前九年の役で

 

安倍一族を征討した事を祝す宴が開かれた際に、源義家が使った杉の箸を地面に

 

刺したものが根付いて巨木になったという伝説があり、そこから別名「義家杉」とも

 

呼ばれる。”(ウィキペディア「日高神社」の「境内」より)とのこと。

 

 

 

  留守宗利公についてはこちらをどうぞ。

 

 

 

 

 

 ☜神門

 

 

 

 

 

   

 

 

もう1本の姥杉☞ 

 

 

 

   

 

 

日高神社さんの御本殿は国指定・重要文化財となっています(こちら参照 こちら

 

どうぞ)。

 

 

 

 

 

    

 

   

 

 

瑞山神社についてはこちらをどうぞ(こちらも参照されたし)。

 

 

 

 

 

    

 

 

    

 

 

留守宗直公についてはこちらをどうぞ。

 

 

 

 

日高神社さんで拝受した御朱印はこちら☟(*^-^*)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ☜夫が拝受したお姿札ですニコニコ

 

 

 

 

 

 

   

 

 

社寺をお詣りした際は、境内に咲く季節の花も撮影するようにしているのですが、

 

日高神社さんの参詣から早2ヶ月、現在境内に咲く花は如何??…梅雨時の花といえば

 

紫陽花ですが、紫陽花はお寺さんに似合うお花かなはてなマーク。蒸し暑さにやられてブログの

 

更新も儘なりませんが、気を奮い立たせて5/3の参詣記を書こうビックリマーク。この日は長年の夢

 

だった中尊寺さんの参詣が叶いましたあせる。次回から平泉での寺社めぐりの次第をUP

 

させていただきますね照れ