夫と二人、SARS-CoV-2のおかげでまるまる一週間(5/3~5/10)外出しないという非現実的

 

な生活を送った今年のGWでしたが、まぁそれはそれで家の中の片づけができたりと、普段は

 

なかなかできない家事をこなせてそれなりに充実(;^_^A…ブログも書けたしあせる。例年ならGWに

 

帰省して、武州や総州で寺社めぐりに励めたのですが、今年はそういうわけにもいかず、この

 

ブログも新しいネタでは書けなくなってきていますねショボーン。さて、どうするかな?…ともあれ今は

 

静岡浅間神社さんの参詣記を続けますニコニコ

 

 

 

 

 

100段の石段を昇って境内社の麓山神社さんをお参りした後、いつものトレーニングでは

 

石段を降ってそのまま大歳御祖神社さんをお参りするのですが、この記事ではその前に

 

国指定史跡  賤機山古墳(ウィキペディアはこちら しずおか観光情報のページはこちら)に

 

ついて少々…賎機山古墳は、“静岡平野の中心部に突き出た賤機山の南端に造られて

 

います。当所は、標高約50m、比高差約30mの尾根上で、ここからは静岡平野を一望すること

 

ができます。”(静岡市ホームページより)、“駿府城西北にある静岡浅間神社の境内にあり、

 

大歳御祖神社の本殿裏(北側)に位置する。 墳丘は賤機山の南端の斜面を利用して造られ

 

ており、直径は約32メートル・高さは約7メートルの円墳で、埋葬施設として横穴式石室を持ち

 

内部に家形石棺が置かれている。古墳の築造時期は6世紀後半とみられている。”(ウィキ

 

ペディア「賎機山古墳」より)という古墳なのですが、“賤機山の南端に造られて”いる/“大歳

 

御祖神社の本殿裏(北側)に位置する”…石段を昇って右に進むと麓山神社さん、左に賎機

 

山古墳となるんですね。

 

 

 

 

 

 

 

☟神部神社さんと浅間神社さんの御本殿(①と②)、八千戈神社さん(⑯)、百段の石段(㊱)、

 

 麓山神社さんの拝殿と本殿(⑭と⑬)、賎機山古墳(㉝)、大歳御祖神社さんの本殿(⑨)と

 

 いう位置関係です。(通常は①・②→⑯→⑭・⑬→⑨…⑰玉鉾神社…⑮少彦名神社と巡拝

 

 します。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古墳めぐりも最近ブームのようですが、残念ながら〝火打石〟は考古学にはまだそれほど

 

興味が無くて汗

 

 

 

  ☜古墳の復原模型

 

 

 

 

 “現在古墳は保存整備がおこなわれ、古墳前部に解説板・野外模型が置かれています。

 石室内には入れませんが、入口から内部を覗くことが可能となっています。出土遺物は、

 静岡浅間神社境内にある静岡市文化財資料館に常時展示してあります。”

(静岡市ホームページより引用)

 

 

 

 

 

 

 

賎機山古墳から山裾を降って大歳御祖神社さんの本殿の裏手へ…拝殿に廻ってお参り

 

します。

 

 

 

 

 

 

 

大歳御祖神社さんの御祭神(主祭神)は大歳御祖命さま。“お稲荷さまの母神さま”と看板に

 

ありますが、「境内案内」の解説には“主祭神  大歳御祖命(倉稲魂神・大年神の母神、別名

 

神大市比売命)”と…ウィキペディア「神大市比売」(「概要」)を読んでみると

 

 

 『古事記』にのみ登場する神で、須佐之男命の系図に登場する。大山津見神の子で、

 櫛名田比売の次に須佐之男命の妻となり、大年神宇迦之御魂神稲荷神)を産んだ。

 2柱の御子神はどちらも農耕に関係のある神であり、神大市比売もまた農耕神・食料神と

 して信仰される。神名の「神」は神霊の発動の激しいことに畏敬して冠する接頭語、「大」は

 「偉大・立派」、「市」物々交換をするために人が集まるところを表し、名義を「神々しい、

 立派な市」と考えられる。 このため市場の守護神として信仰される。(後略)

 

 

とのことですが、大歳御祖神社さんの「境内案内」には、大歳御祖命さまの「御神徳」に“往古

 

の安倍の市(静岡)の守護神”と記されています。

 

 

(余談ですが、ウィキ「神大市比売」の「祀る神社」の項には、大歳御祖命さまをお祀りされる神社さんとして

 などがあるが、須佐之男命や子の大年神・宇迦之御魂神を祀る神社は非常に多いのに

 比して極端に少ない。

という記述が目。“須佐之男命や子の大年神・宇迦之御魂神を祀る神社は非常に多いのに

比して極端に少ない。”って、なんか引っ掛かるなぁ汗…いまはお参りに行けないけど、また

寺社めぐりができるようになったら大歳御祖命さまを祀られている神社さんをお参りしたい

ですあせる。)

 

 
 
“総国風土記によれば第十五代応神天皇四年(約1700年前)の鎮座と伝えられ、延喜式内社
 
である。もとは社名を奈吾屋社とも称した。”と「境内案内」にありますが(「御由緒」のページも
 
どうぞ)、「奈吾屋社」の「奈吾屋」は、ネットでざっくり浚ってみたところ、愛知県の名古屋市
 
とは特に関係は無いようなあせる。「なごや」で調べてみましたが、う~ん…“”静岡県伊豆の国市
 
の地名”という記述はありましたがショボーン
 
 
 
 
 
 
大歳御祖神社さんをお参りして、元来た道を戻るかたちで神部・浅間両神社さんの境内を
 
横切り、玉鉾神社さんと少彦名神社神社さんをお参りします。玉鉾神社さんは「国学の
 
四大人」の羽倉(荷田)東麿岡部(賀茂)真渕本居宣長平田篤胤をお祀りし、少彦名神社
 
さんは大国主命さまと共に国造りをされた少彦名命さまを主祭神としてお祀りされています。
 
次回はこの二社の参詣記をUPいたしますね(;^_^A。