“高山市で寺社めぐり”となった7/14、〆のお詣りは高山市下岡本町にある“飛騨高山唯一

 

の黄檗宗寺院”、恩林寺さん(ウィキペディアはこちら こちらのページもどうぞ)ニコニコ黄檗宗

 

(ウィキペディアはこちら こちらのページもどうぞ 「黄檗宗 青年僧の会」のページもどうぞ)

 

は、コトバンク「黄檗宗」の「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」を引用すると

 

 

 

 日本の禅宗一派。中国僧隠元隆琦を開祖とする。宗名は中国の黄檗山萬福寺の山号

 からとったもの。隠元承応3(1654)年,長崎の崇福寺住持,逸然性融らのたびたびの

 懇請によって独湛性瑩らとともに来日,将軍徳川家綱に謁見し,山城国宇治に黄檗山

 萬福寺の名を移して堂宇を建立した。その後,木庵性瑫が黄檗宗を広め,江戸にも瑞聖寺

 を建てて関東地方に禅風を伝えた。一時衰えたが,嘉永4(1851)年,良忠如隆が出て復興

 に努めた。1874年明治政府教部省の命令により臨済宗に合併したが,1876年再び独立して

 現在にいたる。宗風はほとんど臨済禅に一致するが,代の念仏禅を伝えているのが

 特徴。法式は明風を用いている。約 450の寺院をもつ。

 

 

とのことですが、日本の仏教の寺院数は約75000(ウィキペディア「日本の仏教」参照)と

 

されますから、その内の450では、黄檗宗寺院の日本仏教寺院に占める割合は少ないと

 

言えるでしょう。(各宗派の寺院数についてはこちらの記事等を参照なさってくださいm(__)m。)

 

実際各地で寺社めぐりをしていても、黄檗宗のお寺さんはあまりお見かけしないような汗

 

いわゆる「日本仏教十三宗派」(こちらを参照なさってくださいm(__)m)では、

 

 

 文化庁の宗教年鑑の統計によると、現在の日本の仏教徒の大半はいわゆる鎌倉仏教

 属している。浄土宗系(浄土真宗)の宗派と日蓮宗系の宗派が特に大きな割合を占めて

 おり、大乗仏教が特に多いと言える。

 

 

とウィキ「日本の仏教」にあります。そんな次第で黄檗宗のお寺さんのお詣りはこれまであまり

 

したことがなかったわけですが、今日はこれから“飛騨高山唯一の黄檗宗寺院”を参詣ニコニコ

 

 

 

 

 

 

駐車場に車を停めて…かわいらしい魚のデザインですが、これは“黄檗宗の寺院に特有の

 

木製の法具”、「開梆」を元にしたデザインでしょう。「開梆」は宗祖・隠元禅師が渡来した際、

 

日本に伝えられ木魚の原型となった魚の形をした鳴らし物で、その形から「魚梆」、「魚板」、

 

「魚鼓」とも呼ばれるそうです。(「煎茶手帖 蝸盧」の「木魚の原型・開梆(魚板)」のページを

 

参照させていただきました。)

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

☝ちょっと読みづらいですが、「黄檗宗恩林寺」と刻まれていると思われます。

 

 

 

 ☜恩林寺さんの山号は「華岳山」といわれます。

 

 

 

 

 

 

☝石段を上って…週に一度、地元の静岡浅間神社さんの100段の石段を上るトレーニング?

 

をしている〝火打石〟はこうした状況にむしろ闘志?が燃えるあせる

 

 

 

 

 

文化大革命の難を逃れた白衣観音さま。

 

 

 

 

 

恩林寺(おんりんじ)は岐阜県高山市下岡本町にある黄檗宗の寺院。山号は華岳山。本尊は聖観音菩薩。飛騨三十三観音霊場18番札所となっている。

延宝年間に近江国蒲生郡平田村(現在の滋賀県東近江市上羽田町)に萬福寺2世木庵性瑫禅師によって創建された。山号の華岳山は滋賀県にある山で当寺がその山麓にあった。

昭和3年(1928年)、飛騨地域の黄檗宗寺院がなかったことから布教のために現在地に移転した。その際かつての本尊は滋賀県に残し、宇治にある萬福寺からあらたに本尊の聖観音菩薩を譲り受けている。

中国で文化大革命が起きた際に破壊されるおそれのあった石仏を祀っているほか、木庵禅師などの墨跡を多数所蔵する。

 

 

☝ウィキペディア「恩林寺(高山市)」を引用いたしましたが、恩林寺さんのホームページの

 

恩林寺縁起」もお読みになってくださいm(__)m。

 

 

 

      

 

 

恩林寺さんは飛騨三十三観音霊場の十八番の札所でいらっしゃいます。(こちらもどうぞ)

 

 

 

 

 

 

恩林寺さんの境内のご様子はこちらをどうぞ。〝火打石〟夫婦は今回はお堂の前で掌を

 

合わせるだけのお詣りだったのですが、御本堂には“鏧子、大木魚、小木魚、香灯、大引磬、

 

小引磬、巡照板、半鐘、雲梆、小銅鑼、銅鑼、太鼓など、本山萬福寺で使用される仏具(鳴り

 

物)をほとんど揃えて”いらっしゃるそうで(こちら)、また、“秘仏として、旅をしながら佛を

 

彫られた仏師円空が手がけた円空仏3体や、中国からやってこられた韋駄天像など”を安置

 

されていらっしゃるそうです。(こちら  「御開帳などは決まっておりません。」とのこと。)

 

 

 

 

 

☝書き置きの御朱印が用意されていましたニコニコ。ありがたく拝受m(__)m。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駐車場に戻って、お堂を見上げます。

 

 

 

 

 

 

写真からもおわかりいただけると思いますが、恩林寺さんの参詣の最中に雨が降り出して

 

きて…結構激しく降ってきたので慌ただしく車に戻る羽目にショボーン。時間も遅かったので残念

 

ながら心ゆくまでのお詣りにはできなかったのですが、ともあれ黄檗宗のお寺さんを参詣

 

できて良かった合格。大本山の宇治の萬福寺さんもお詣りしたいなぁ…

 

 

 

 

恩林寺さんをお詣りした後、お土産を買うため、高山グリーンホテルに隣接する飛騨物産館

 

へ…こちらには「さるぼぼ神社」さんが鎮座されていますニコニコ

 

 

 

     

 

 

写真が暗くなってしまって申し訳ございませんm(__)m。

 

 

 

 

「さるぼぼ神社」さんの“ご神体は貫通石。北アルプス直下をくりぬき、世紀の難工事と

 

いわれた安房トンネルの最終貫通時の岩石です。”(☜こちらより)、“お参りをすると子宝や

 

安産などのご利益に預かれるといわれています。”(☜こちらより)とのこと。記念におみくじも

 

引けるそうですが、御朱印は授与されていない模様あせる。(残念えーん。) さるぼぼの神社さんと

 

言えば、下呂温泉街にある下呂ロイヤルホテル雅亭の別館には「さるぼぼ七福神社」さんが

 

鎮座されているとのことですが(こちら参照)、下呂温泉にはまだ行ったことがないので

 

「さるぼぼ七福神社」さんのお詣りはいつかのお楽しみということであせる(「さるぼぼ神社」さんと

 

「さるぼぼ七福神社」さんについては「さるぼぼファンブログ」のこちらのページもお読みに

 

なってくださいm(__)m。)

 

 

 

 

 

宿に戻るとさるぼぼのお迎えニコニコ。明日(7/15)は高山の街中で寺社めぐりを楽しみますニコニコ

 

参詣記をUPさせてくださいねあせる