義仲公と芭蕉翁の墓所のある大津市馬場の義仲寺さんを参詣して、続いてお詣りしたのは
大津市園城寺町の古刹、三井寺さん(ウィキペディアはこちら 滋賀県観光情報[公式観光サイト]
のページはこちら 比叡山・びわ湖観光情報サイトのページはこちら)
。昨秋石山寺さんをお詣りした
際(こちらの記事を参照なさってくださいm(__)m)、できれば三井寺さんもお詣りしたかったのですが
例によって時間が許さなかった
…って、いつもいつも予定を詰め込み過ぎなんだよ
。
今回もまぁ“詰め込み過ぎ”っぽい寺社めぐりでしたが、この日(4/29)は三井寺さんが〆
かな?。駐車場に車を置いて大門(「境内案内」参照)へ向かいます。
大門(仁王門)は“三井寺中院の表門で、東面して建ち、両脇の仁王像が山内を守護して
います。”(←三井寺さんのサイトより) 大門を入ってすぐ右手には釈迦堂があります。
続いて国宝の金堂に向かいます。その途中でこんな☟看板を見かけました
。
「瀬口忍展(こちらもどうぞ)」と「漫画家による仏の世界展(こちらもどうぞ)」…寺社めぐり中に
展覧会のポスターを目にするとは
。「瀬口忍展」は金堂、「仏の世界展」は観音堂の書院で
開催されていましたが、残念ながら「仏の世界展」はタイムアウトで拝観できませんでした![]()
(瀬口忍先生についてはこちら)
写真が見づらくて申し訳ないのですが、「金堂 内陣 特別参拝」…4/20から5/19まで、
「あお若葉の競演 国宝金堂内陣 特別拝観」が行われていました
。
“比良比叡の連山に連なる長等山の中腹に広がる境内は、北院(新羅明神)、中院
(弥勒仏)、南院(三尾明神)の 三院から成っています。国宝・金堂の内陣に安置されて
いる弥勒仏を中心に、北院と南院の本地堂にまつられて いる本地仏の文殊菩薩像と
普賢菩薩像、あわせて勧学院の本尊・大日如来像を遷座し拝していただきます。”との
ことでしたが、「あお若葉の競演」ということで石山寺さんでも特別公開がされていたの
ですね
。(こちら参照) あ~ん、“競演”、どちらも拝観したかったな
。今回も両寺
参詣は果たせず
。
金堂の手前の石灯籠は
天智天皇が大化の改新で蘇我氏を滅ぼした罪を滅ぼすため、御自身で左手の薬指を切って
灯籠の台座の下に納めた・・・って、天皇の指詰め
(☜おいおい…)。凄い伝承ですね
。
「近江八景 三井の晩鐘」 「近江八景」とはコトバンク(こちら)から引用すると
滋賀県,琵琶湖岸の美しさを代表する8つの景勝地。中国の洞庭湖における瀟湘 (しょう
しょう) 八景 (→瀟湘八景図 ) にちなんで明応9 (1500) 年,関白近衛政家・尚通父子が選定
したといわれる。三井晩鐘,粟津晴嵐,瀬 (勢) 田夕照,石山秋月,唐崎夜雨,堅田落雁,
比良暮雪,矢橋帰帆の八景をさす。それらは京に近い湖南から選定されており,今日では
昔の面影を失っているものが多いことから,新しく琵琶湖八景が選定されている。
とのこと。今回の近江旅行では堅田の浮御堂(こちら)へも行けたら…と考えていたのです
が、結局行けず終いだった
。広重の名所絵にも描かれrた八景、現在はかつての面影を
失ってしまっている所もあると聞くと、身勝手な感傷とはいえ少し寂しい気持ちになります。
三井寺の名前の由来になっている、金堂の西側奥に金堂と接して建っている閼伽井屋って、
あれ??、写真が見当たらない
…写し忘れちゃったかな
。申し訳ございませんm(__)m。
閼伽井屋の内部には泉が湧き、その清水が天智・天武・持統の三天皇の産湯に使われた
ことから「御井」(みい)の寺と言われていたものが、後に転じて三井寺と呼ばれるようになった
とのこと。(「三井寺について」参照) う~ん、ここにも里中満智子先生の『天上の虹』や長岡
良子先生の「古代幻想ロマンシリーズ」の世界が息づいているのね…
☝一切経蔵 “山内には珍しい禅宗様の堂ですが、もとは国清寺の経蔵で、 慶長七年
(1602)に毛利輝元によって移築されたものです。”とお寺さんのサイト(こちら)にあります。
(毛利輝元公と三井寺さんの関係についてはこちらを、国清寺についてはこちらをどうぞ)
まだまだ三井寺さんのお詣りは続きます
。やっぱり広いな、近江のお寺さんも…参詣記、
次回に続きますね(;^_^A。
付記
新潟・山形地震で被災された方に心よりお見舞い申し上げますm(__)m。































