急な石段を上って―この石段を友人と上ったのを覚えている―宝厳寺さん(ウィキペディアは
こちら 滋賀県観光情報[公式観光サイト]のページはこちら 「長浜・米原を楽しむ観光情報サイト」のページは
こちら)の本堂(弁才天堂)へ。石段を上ったのは覚えていたけどその先の記憶が現在の景色
と噛み合わない
。まぁ当時(大学生時代)は寺社めぐりは趣味じゃなかったからなぁ…ただ
観光で来ただけだったってことね
。(お寺さんのホームページの「宝厳寺探訪」をご覧に
なってくださいm(__)m。)
☝朱が鮮やかな三重塔。
☝この頃本気でぼけ封じの願掛けするようになってきた…
国宝の唐門は現在保存修理中で拝観できませんでした
。(観音堂についてはこちら)
“宝厳寺観音堂と都久夫須麻神社本殿を結ぶ渡り廊下”。豊臣秀吉公の朝鮮出兵の際に、
秀吉公の御座船として造られた日本丸の船櫓を利用して作られたところから「舟廊下」とも
呼ばれるそうです。(こちら参照)
舟廊下を渡って竹生島神社さん(ウィキペディアはこちら 長浜・米原を楽しむ観光情報サイトの
ページはこちら 滋賀県観光情報[公式観光サイト]のページはこちら)の御本殿へ…「本殿の写真撮影
は御遠慮ください」とのことでしたので、離れた所から撮影。(御本殿についてはこちら参照)
☝竜神拝所(こちら参照) “竹生島の中で一番の絶景”と神社さんのホームページに
あります
。こちらでは土器に願い事を書き、鳥居へと投げてその投げた土器が鳥居を
潜れば、願い事が成就すると言われているそうです。
竹生島神社さんのご祭神は市杵島比売命さま、宇賀福神さま、浅井比売命さま、龍神さま
(「ご祭神」参照)。市杵島比売命さまは神仏習合の本地垂迹では弁才天さまと同一視されて
いますね。境内に「嚴島大神」さまと「江島大神」さまがお祀りされていますが、竹生島の
弁才天さまは嚴島、江島の弁才天さまと並んで「日本三大弁天」とされています。
☝「日本五弁天」…“三大弁天”に加えて大和 天川村の天河神社さん(ウィキペディアはこちら)と
陸前 金華山の黄金山神社さん(ウィキペディアはこちら)の弁天さまが挙げられています。
嚴島神社さん(ウィキペディアはこちら)には昨秋お参りしたけど、江島神社さん(ウィキペディアは
こちら)、天河神社さん、黄金山神社さんはまだお詣りできてないなぁ
。〝火打石〟夫婦
には、三社の中では江島神社さんがいちばんお詣りしやすいけど、これからの季節は江島
は混みますよね
…人混み嫌いの私たち故、参詣は少し先になってしまうでしょう
。
竹生島神社さんのご祭神に話を戻すと、宇賀福神さまはウィキペディアを読むと弁才天さま
ゆかりの神さまのようですね。浅井比売命さまは産土神さま。龍神さまは水の神さまという
ことですよね?。浅井比売命さまはコトバンクの解説(こちら)に拠ると
「近江国(おうみのくに)風土記」逸文にみえる神。
琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)にある都久夫須麻(つくぶすま)神社の祭神。伊吹山の神である多々美比古(たたみひこの)命の姪(めい)。浅井岡にすむ。この2神はたがいに山の高さを
きそっていたが,ある夜,浅井岡が急にたかくなったのでおこった多々美比古命が浅井比咩命をきると,その頭が琵琶湖におちた。これが竹生島になったとつたえられる。
とのことですが、この伝承、怖すぎるでしょ
。多々美比古命さまは伊富岐神社さんの
ご祭神でいらっしゃいますが、こんな伝承をお持ちだったなんて、この記事を書いて初めて
知ったわ
。
宝厳寺さんと竹生島神社さんで拝受した御朱印はこちら☟(*^▽^*)
※竹生島神社さんの御朱印は自分で印を押すかたちです。
☝夫が宝厳寺さんで拝受した御札。
島を去る時間が来て…
湖上からびわこ大仏さまを拝観
。
☝観光船のりばに戻って参りました
。
再訪とはいえ寺社の参詣はほとんど初めてのようだった〝火打石〟の“竹生島で寺社
めぐり”
。やはり人間、ぼーっと見て回っているだけでは得られるものは少ないんですね…
神仏習合の聖地だった竹生島。宝厳寺さんのホームページ(「宝厳寺のいわれ」)には
明治時代、この島は大きく変化し、当山より都久夫須麻神社(竹生島神社)が分かれました。古来、現在の神社本殿を当山は本堂とし、本尊大弁才天を安置しておりましたが、明治元年(1868年)に発布された『神仏分離令』とそれに起因して過激化した「廃仏毀釈」運動の影響を受け、明治4年、大津県庁より、当山を廃寺とし神社に改めよという命令が下りました。
しかしながら、全国数多くのご信者皆様の強い要望により廃寺は免れ、本堂の建物のみを
神社に引き渡すこととなりました。
本堂のないままに仮安置の大弁才天でしたが、昭和17年、現在の本堂が再建されました。
と記されていますが、本当に、廃寺にされなくて良かった
。以前竹生島に来た時はそんな
ことまるで考えなかったもんなぁ
…〇十年を経て、若さは失いましたが知識は得た
。
そんな自分に感慨を覚える〝火打石〟なのでした(;^_^A。











































