もう如月になったというのに、〝火打石〟のブログの時間は昨年(2018年)の霜月から抜け
出せていない
。今回の記事から安芸の宮島旅行の最終日にやっと突入…旅行3日目は
レンタカーを借りて寺社めぐり+美術展鑑賞
。昨日はフェリーで宮島へ渡りましたが今日は
車で安芸国の寺社めぐり。廿日市市大野に鎮座される大頭神社さん(「はつかいち・宮島体験
観光ナビ」のページはこちら)からスタートです
。
大頭神社さんの御祭神は大山祇命さま、国常立命さま、佐伯鞍職命さま。その御由緒は神社
さんの公式サイト(「大頭神社の歴史」)から引用させていただきますと
嚴島神社の摂社として推古天皇十一年(六〇三)に創祀されたと伝え、古くは嚴島兼帯七社の一とされた。
もと郷桑原に鎮座したが、大正二年に現在地に遷座した。
楽音寺蔵「安芸国神明帳」に佐西郡二位五前として大頭明神とある古社である。
正安二年(一三〇〇)「伊都岐島社未造殿舎造営料言上状」に「大頭社一宇三間一面、
同戎殿一間一面、同拝殿一間一面、庁屋五間一面、御供屋三間、鳥居一基」と記されて
おり、鎌倉時代には既に多くの社殿が建ち並んでいたことが知られる。また、平清盛の頃より
毎年米五十三石余りを奉納されていたと伝え、毛利元就公の時に二十三石、福島正則公の
時に十六石、江戸時代に至るも十二石の社領米を有していた。寛永十四年(一六三七)再建
の棟札を蔵す。
とのこと。嚴島神社さんの摂社として御創建されたのですね。(文中の“嚴島兼帯七社”を
ネットで検索してみたのですが、う~ん、どうも思うような情報が浚えない
。) 公式サイト
の「伝承」には
『芸藩通志』によると、大頭神社の末社である中山大歳社(椎宮神社)、塩屋山祇社(太田
神社)、奥谷尻河内社(原神社)、三鎗谷三鎗社(三鎗神社)は大頭分身の神と伝えられて
いる。
『日本書紀』一書によると、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が火之迦具土神(ひのかぐづち)を
斬り給う時、その首が大山祇命、身中が中山祇命(椎宮神社)、手が麓山祇命(三鎗社)、
腰が正勝山祇命、腹が奥山祇(原神社)と化したといい、首、即ち頭より成った大山祇を祀る
ため当神社を大頭神社と称し、また四末社は他の部分より成った神を祀るための分身と
伝えられている。
と記されていますが、この「伝承」だと大頭神社さんは火之迦具土神さまの斬られた首が元と
なった神社さんということになりますよね…こう言ってしまうと生々しいですが
。(『芸藩通志』に
ついてはこちら)
☝別鴉橋を渡るとお社が
。(“別鴉”については神社さんの公式サイト「大頭神社の歴史」の
「特殊神事」の項をお読みになってくださいm(__)m。)
お参りをして、さぁ記念に御朱印をいただこうと社務所に向かうと
あら、もみじで可愛いい♡のマークが
。神職の方に伺うとこの日は結婚式の予約が入って
いて、申し訳ないが御朱印の授与はできないとのことでした
。残念でしたがお寺さんの
法事と同じく“神社さんあるある”ですね
。新郎新婦さん、末永くお幸せに
。
残念ながら御朱印は拝受できませんでしたが、名勝 妹背の滝は存分に眺められました
。
大鳥居の脇の碑に「雌雄滝 大野村に在り 雄は六丈三尺 其の水壮なり 雌は廿七丈余
にて 長けれども艶なり (後略)」とあります。(一丈を約3m、一尺を約30㎝と換算すると、
雄滝は約20m、雌滝は約80mといったところでしょうか?。←ウィキペディア「丈」参照)
☝雄滝はお社の奥(山側)にあります。幾千代橋を渡って…
☝私たちの後から来た観光客の方が、「宮島よりもこちらの紅葉の方が綺麗なくらい!」と
感激していました
。
☝雄滝です。この辺りはいもせ遊園砂防堰堤になっていて、散策を楽しむことができます。
夏だったら水遊びに絶好の場所だなぁとは、幼い頃は水遊びが大好きだった〝火打石〟の
感想
。水遊びが好きだった女の子は長じて神社仏閣と美術展を楽しむおばさんに…妹背
の滝を満喫して、次に訪れたのが海の見える杜美術館(ウィキペディアはこちら)。厳島神社
さんの大鳥居から望んだ海の景色を写真に撮ろうとすると、鳥居中央に映り込む白い建物
です。〝火打石〟が美術館で「西山翠嶂 -知られざる京都画壇の巨匠-」展を観ている間
(鑑賞記は次回に
)、夫は平等大慧会の宗教施設、王舎城をお参りさせて頂いていました。
施設の内部は(当然ながら)写真撮影不可でした。こちらには遊歩道があり、夫は散策を
楽しんだようです
。
☝ジョウビタキ(ウィキペディアはこちら)ですね
。静岡でも見かけます
。
☝参拝の記念に夫がいただいてきたスタンプとカップ
。
〝火打石〟夫婦が霜月の3連休に広島へ行くことを決めたのは、〝火打石〟が「西山翠嶂」
展を観たがったから…旅行3日目にして展覧会鑑賞が叶います
。広島県にある美術館
なんて遠くて行けないよ
と以前は諦めていたのに、一の宮参詣と併せて強引に来て
しまった
。次回は美術展鑑賞記をUPいたしますね
。




























