後ろ髪惹かれる思いで和泉市久保惣記念美術館を後にし、再びバスで泉北高速鉄道線の

 

「和泉中央」駅に戻ってきた〝火打石〟。ここから「百舌鳥八幡」に出て八幡さんをお参りし、

 

そのまま歩いて堺市博物館に向かう予定…事前にあれこれ調べはしましたが、土地勘の

 

まるで無い土地で果たして計画通りに動けるだろうか?とかなり不安ではありましたが、

 

ええい儘よで目的地を目指す。幸い百舌鳥八幡宮さんに無事たどり着け(参詣記は後日

 

改めてあせる)、お参りついでに神社の方にJRの「百舌鳥」駅への道を教えてもらい(堺市博物館

 

はJR西日本阪和線「百舌鳥」駅から500メートル←こちら参照)、てくてく歩いて博物館にも

 

無事到着することができましたニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

堺市博物館こちらもどうぞ ウィキペディアはこちら)は、堺市ホームページで

 

 

 堺市博物館は、市制90周年記念事業として昭和55(1980)年に開館しました。生涯学習と

市民文化の向上のため、堺市の歴史、美術、考古、民俗に関する博物館として、多くの資料

を収集、保存、展示しています。
 古代史のロマンを秘めた百舌鳥古墳群のほぼ中心にある大仙公園の広大で緑豊かな中

に、博物館、堺市茶室、中央図書館、自転車博物館、日本庭園、都市緑化センターなどが

整備されています。

 

 

と紹介されているのですが、“百舌鳥古墳群のほぼ中心にある大仙公園”…そう、今秋

 

宮内庁と堺市の共同発掘調査で話題となった仁徳天皇陵(大山古墳)がすぐお隣にあるびっくり

 

(発掘調査についてはこちらの記事などをお読みになってくださいm(__)m。仁徳天皇陵に

 

ついてはこちら  ウィキペディア「大仙陵古墳」もどうぞ) ああ、こちらが有名な仁徳天皇陵

 

なのね目…って、地上から見たんじゃ“全国で第1位の規模の巨大古墳であり、同古墳を

 

擁する堺市は、クフ王ピラミッド及び秦の始皇帝墓陵に並ぶ「世界三大墳墓」と称”される

 

(☜ウィキペディア「大仙陵古墳」より)前方後円墳の全容はわからないのよねえーん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドローンや鳥の目でなければ古墳の全容は見渡せない汗。この日は古墳の観光はしません

 

でしたが、いつかまた堺市を訪ねられたらその時はガイドさんに案内してもらいたいなぁ…

 

 

 

 

 

☝戦国時代の堺の豪商・茶人、武野紹鷗の像。茶聖千利休は紹鷗の門人とのことですが、

 

 無粋で茶道を嗜んでいない〝火打石〟にはその偉大さは残念ながら実感できないショボーン

 

 とはいえこの像を見て、日本史の勉強で覚えた「自由都市・堺」を思いだした…学校で

 

 教科書を読んでいた頃、〇十年後の自分がその地を訪れるなどまるで想像できなかった。

 

 仁徳天皇陵を間近に見ることも…人間、生きていれば思ってもみない経験をすることが

 

 できますねあせる。(したくない経験をさせられることも儘ありますがドクロ。)

 

 ※堺市の歴史についてはウィキペディア「堺市」や堺市のHP「観光・歴史・文化」、堺観光ガイド等をお読み

  くださいm(__)m。

 

 

 

 

☝博物館内にて目  堺市民の悲願!?  

 

 

 

 

 

☝“「百舌鳥・古市古墳群」 世界文化遺産国内推薦決定”☞こちらのサイトをどうぞm(__)m。

 

 「百舌鳥・古市古墳群」についてはこちらのページやウィキペディア「百舌鳥・古市古墳群

 

 (「百舌鳥古墳群」も参照)、堺観光ガイドの「百舌鳥・古市古墳群特集」のページをどうぞ。

 

 古市古墳群もいつかは訪ねてみたいなぁ…宮内庁の古市陵墓監区事務所で陵墓印も拝受

 

 したいしあせる。(古市古墳群については羽曳野市のサイト(こちら)や羽曳野市観光協会の

 

 ページ(こちら)や藤井寺市のサイト(こちら)もどうぞ。古市陵墓監区事務所については

 

 宮内庁の「天皇陵」のサイトやウィキペディア「天皇陵」を参照。陵墓印についてはこちら

 

 ページ等をご覧になってくださいm(__)m。)

 

 

 

 

 

 

 

 

☝“東洋のベニス”と謳われた堺市ならではの顔嵌め看板ニコニコ

 

 

 

 

 

☝堺市博物館公式キャラクター、サカイタケルくんニコニコ。生みの親は「せんとくん」を制作された

 

 籔内佐斗司さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展示室を進んで…

 

 

 

 

☝ここから先は写真撮影禁止

 

 

 

 

 

 

土佐派の絵師というと、紫式部の像を描いた土佐光起こちら参照)くらいしか名前が

 

浮かばない〝火打石〟ショボーン。そんな〝火打石〟にとってこの「土佐光吉」展はちょっと

 

ハードルが高かったかな?…「土佐派と住吉派」展でも実は微かにそう感じていたのですが、

 

光吉オンリーに絞られてしまったこちらの企画展でははっきりと己の鑑賞力不足を実感ドクロ

 

まぁ今回はとにかく“やまと絵”の世界を覗いてみる、という気持ちで来たのでこの実感は已む

 

を得なし汗。この2展を“はじめの一歩”にすれば良い…

 

 

 

 

ウィキペディアの「土佐光吉」を読むと、“室町時代から安土桃山時代の大和絵土佐派の

 

絵師。子に土佐光則。住吉如慶は子とされることもあるが、弟子説が有力。”とありますが、

 

土佐光則は光起の父ですから、光吉は光起の祖父ということですね?。(“土佐光吉の子供、

 

あるいは弟子。住吉如慶は弟とも、門人とも言われる。土佐光起の父”とウィキ「土佐光則」に

 

あります。) 昨秋、大阪市立美術館で「土佐光起生誕400年 近世やまと絵の開花 ―和の

 

エレガンス―」という展覧会が催されたそうですが、う~ん、これは情報を逃してしまったえーん

 

2016年の京都国立博物館の「土佐光起と近世のやまと絵」展もガーン…やはり“西”には疎い

 

〝火打石〟ドクロ。っていうか、“東”でもやってよ土佐派の展覧会ムキー。狩野派も良いけど他の

 

流派の作品だって観てみたいわ…

 

 

 

 

やまと絵を楽しむ力がまだまだであることを痛感した今回の2展鑑賞でしたが、ともあれ無事

 

会場に足を運べたことは嬉しかったニコニコ。ほぼ予定通り美術館、博物館にたどり着けてあせる

 

この日は百舌鳥八幡宮さんと和泉国一宮の大鳥大社さんをお参りする計画も立てていた

 

のですが、そちらはどんな顛末を??。次回以降UPさせていただきますねあせる