「行ってきました! 近江国」もいよいよ(?)終盤汗。9/9午後、そろそろ駿河国へ戻ることを

 

意識しなくてはドクロ…草津市下物町の琵琶湖博物館でブラックバス丼を食べ損ねて傷心の

 

〝火打石〟夫婦でしたがメソメソしてる時間は無いビックリマーク。大津市に鎮座される近江国一之宮、

 

建部大社さん(ウィキペディアはこちら 滋賀県観光情報のページはこちら)のお参りを

 

果たさねば!!

 

 

 

 

 


近江国(おうみのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。東山道

 

属する。」 ウィキペディア「近江国」から引用しましたが、〝火打石〟夫婦の「全国一の宮

 

巡拝」(こちら参照)は、私たちが駿河国在住ということもあって東海道に属する国の一の宮の

 

参拝が中心。(東海道に属する国の一の宮巡拝は、2018年10月末の時点で上総国一之宮の

 

玉前神社さんと安房国一宮の洲崎神社さんを残すのみとなりましたニコニコ って、〝火打石〟は

 

元千葉県民なんですけど汗…千葉県民は千葉県民でも県北西部の“ちばらき県民”だった〝火打石〟は、同じ

 

千葉県とはいえ県北東部や南部にはあまり出なかったんですよねショボーン “ちばらき”についてはアンサイクロペディア

 

チバラキ県」「チバラキ共和国」も参照なさってみてくださいm(__)m。) 東山道の国も信濃国上野国下野国

 

一之宮は参拝しましたが今回の近江国一之宮参拝で目標達成にまた一歩近づけましたニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☝参道に掲げられた日本武尊さまの御生涯。「白鳥伝説」の“白鳥”はSWANの白鳥なのか

 

 白鷺なのかここでも気になる〝火打石〟汗。(イラストでは大抵SWANが描かれますよね…)

 

 

 

 

 

 

 

 

建部大社さんの御祭神は「本殿 日本武尊  相殿 天明玉命  権殿 大己貴命」と☝に

 

あります(公式サイト「ご祭神」参照)。日本武尊さま(こちら)と大己貴命さま(こちら)は存じ

 

上げておりますが、天明玉命さまは初めて聞くお名前…「天明玉命」をネットで検索してみる

 

と“玉造部の祖神”と出てきますね。(ウィキペディア「玉祖命」 日本の神様辞典の「玉祖命

 

等参照) 日本の神様の系図はなかなか覚えられないんだよなぁショボーン… 御創建はウィキ

 

ペディアから引用いたしますと

 

 

社伝では、日本武尊の死後の景行天皇46年、日本武尊の妃・布多遅比売命が神勅

よって、御子・建部稲依別命とともに住んでいた神崎郡建部郷千草嶽(現在の東近江市

五個荘伊野部町付近の箕作山)の地に日本武尊を「建部大神」として祀ったのが創建と

される。建部郷の「建部」の名は日本武尊をしのんで名代として名付けられたことに因むと

いい、他にも各地に設けられている。のち、天武天皇4年(675年)に近江の守護神として、

現在地の栗太郡勢多へ遷座したという。遷座後、元の千草嶽の麓には神護景雲2年(768年)に聖真大明神と建部大明神が設けられたとされ、現在は建部神社が建てられている。

天平勝宝7年(755年)には、大己貴命大神神社から勧請され、権殿に祀られたという。

 

 

とのこと。神社さんの公式サイト(「ご由緒」)には

 

 

御祭神、日本武尊は御年僅に16才にて熊襲を誅し、更に東夷を平定され、遂に32才にして伊勢の能褒野において崩御されましたが、父君景行天皇は尊の永逝をいたく歎かれ、御名代として建部を定め、その功名を伝えられました(日本書紀にしるされている)これが即ち建部の起源です。 
景行天皇の46年、神勅により御妃 布多遅比売命(ふたじひめのみこと)(父は近江安国造)が、御子稲依別王(いなよりわけのみこ)と共に住まわれていた神崎郡建部の郷(御名代の地)に尊の神霊を奉斎されたのが当社の草創であって、その後天武天皇白鳳4年(675年)、当時近江国府の所在地であった瀬田の地に迀祀し、近江一宮として崇め奉ったのが現在の当大社です。

 

 

とあります。文中にお名前のある「布多遅比売命」さまのお父さまは「近江安国造」と公式

 

サイトに記されていますが、「安国造」はウィキペディア「安国造」に“近江国東部(琵琶湖

 

東岸)を支配した国造”とのことですが、ウィキ「ヤマトタケル」を読むと日本武尊さまの御妃

 

には垂仁天皇の皇女の両道入姫皇女(ふたじいりびめのひめみこ、布多遅能伊理毘売命)と

 

いう方もいらっしゃって、う~ん、この辺引っ掛かるなぁあせる。まぁこれ以上詮索しても仕方ない

 

のですが汗

 

 

 

 

 

☝ドローンで撮影したのかな??。(「境内案内」「建部大社の見どころ」参照)

 

 

 

 

 

 

 

☝こちらは拝殿☟

 

 

 

 

 

 

 

 

☝本殿と権殿の屋根が見えます。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

☝大野神社   公式サイトに“建部大社がこの瀬田の地へと遷し祀られる以前、この地域の

 

 地主神として祀られていた神社です。祭神 草野姫命(かやのひめのみこと)がお祀りされて

 

 います。 氏子の方々は本殿に続き、必ず参拝される特別な神社です。”とあります。

 

 (草野姫命さまについてはこちら参照)

 

 

 

 

 

“菊の紋様をおもわせる自然の化石です。これほど鮮明で大きなものは珍しいといわれて

 

います。境内神域のありがたい場所に安置しております。参拝の折に是非探してみて

 

下さい。”(☜公式サイトより)

 

 

 

 

 

☝建部大社さんの境内の北方にある御旅山に鎮座する境外末社、檜山神社の遥拝所。

 

   (「滋賀JINじゃ!」さんの「檜山神社」のページをご覧になってくださいm(__)m)

 

 

 

  

 

 

☝こちらにも台風21号の爪痕…今夏は本当に台風が多かったえーん

 

 

 

 

建部大社さんの御朱印はこちら☟(*^▽^*)

 

 

 

 

 

「全国一の宮御朱印帳」にも授与していただきましたニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☝オリジナル御朱印帳。購入すれば良かったショボーン

 

 

 

 

      

 

 

 

建部大社さん鎮座される大津市は“江戸時代初期から名産としてきた民俗絵画”の大津絵

 

有名です。今回時間に余裕があれば大津絵絡みの観光もしたかったのですができなかった

 

えーん。“大津絵(おおつ-え)とは、滋賀県大津市江戸時代初期から名産としてきた民俗絵画

 

で、さまざまな画題を扱っており、東海道を旅する旅人たちの間の土産物・護符として

 

知られていた。”とウィキペディアにありますが、〝火打石〟夫婦も護符を拝受しましたニコニコ

 

「良縁の護符」は「藤娘」ですねニコニコ。「地震除けの護符」はいまはリアルに感じられる…

 

 

 

 

 

 

 

                    

 

 

 

“近辺の主な神社”として建部大社さんの別宮の毛知比神社さん(こちらも)と戸隠神社さん

 

こちらも)が紹介されていましたが、お参りできなかったえーんえーんえーん。大津にはまた寺社めぐり

 

に来るつもりなので(いつになるかわからないけど汗)、その時に参詣できればと思います。

 

今日はあと一寺、石山寺さんをお参りして〆…参詣記を次回UPいたしますねあせる