葉月も最終週に入ったというのに、〝火打石〟のブログはまだ文月の半ば
。海の日の連休
の記事を葉月中に挙げられれば良いなぁ(無理無理
)…突然の雨に見舞われて十年ぶり
の「四社まいり」を慌ただしく終えた諏訪大社さんの参詣でしたが、その後、〝火打石〟が
以前から行きたいと思っていた下諏訪町のハーモ美術館を来館し、そして今回の松本・諏訪
旅行の最後に手長神社さんで御朱印を拝受した八剱神社さんと足長神社さんを参詣
。
ハーモ美術館の記事は参詣記の後でUPさせていただくことにして、今回は八剱神社さんの
参詣記を(;^_^A。
諏訪市小和田に鎮座される八剱神社さん。ハーモ美術館で素朴派の絵画を鑑賞している間
に空は晴れて、落ち着いてお参りすることができました
。
☝扁額に「八剱宮」とありますね。
ウィキペディア「八剱神社」の“由緒”を引用させていただきますと
当社は元々、諏訪湖中にある高島の里(当時の高島村のこと。社があったのは現在の高島城がある場所)に鎮座していたが、豊臣秀吉の高島城築城に際し、現在地に遷座した。江戸時代には高島藩諏訪家が居城鎮護の神として崇敬し、明治以降は小和田村の産土神として庶民からの信仰を集め現在に至る。
とのこと。御祭神は“八千矛神・日本武尊・誉田別尊の三柱の神を祀る。”、“諏訪大社上社
の摂社である。”ともウィキに記されています。(八千矛神さまについてはこちら ウィキペディア
ではこちら 日本武尊さまについてはこちら 誉田別尊さまについてはこちら)
八剱神社さんの「御渡り神事」…“御渡り”とは、コトバンク(「御神渡り」)では、
“冬季の寒冷地で,湖面に一部盛り上がった氷堤が見られる現象。湖面が結氷したのち,さらに厳しい寒さが続き,快晴で放射冷却の大きいとき,氷の上面に収縮亀裂が生じると,亀裂に水が入り薄い氷ができる。日中,気温が上がり氷は膨張し,両側から圧力がかかることで薄い氷が割れてせり上がって氷堤が生じる。長野県の諏訪湖で特によく発生する。諏訪大社の上社と下社はこの御神渡りの起こりやすい両端近くに相対してまつられており,伝説では,御神渡りは上社の男神が下社の女神のもとへ出かけた跡だといわれている。(以下略)”
と解説されています。ウィキペディア「諏訪湖」の「御神渡り」も参照なさってくださいm(_ _ )m。
〝火打石〟が“諏訪湖の御渡り”と聞いて思い出したのが歌舞伎の『本朝廿四孝』
。ああ、
そうだ、あの芝居には“諏訪法性の御兜”って出てきたなぁ…自分の父親に命を狙われた
恋人を救うために芝居のヒロインの八重垣姫は、氷結した諏訪湖を渡ろうとするが術がなく、
諏訪明神を表す“諏訪法性の御兜”に祈ると、諏訪明神の使いの狐の霊力で凍った湖面を
駆け抜けていく…身の危険が迫っていることを恋人に知らせたい八重垣姫の、「翼が欲しい
羽根が欲しい 飛んで行きたい 知らせたい」というセリフを八剱神社さんで脳裏に浮かべる
〝火打石〟。私は今あの芝居の舞台の地に来ているのね…と感慨も一入
。
(歌舞伎の『本朝廿四孝』については「歌舞伎演目案内」のページ(こちら)や「歌舞伎美人」の
こちらのページなども参照なさってください。“諏訪法性の兜”については「ひすとりびあ」の
こちらのページや「終活ねっと」のページ(こちら)、ArtWikiの「狐と諏訪明神」のページ等を
参照されたし
。蛇足ですが『本朝廿四孝』のヒロイン・八重垣姫は“女方の大役である「三姫
(さんひめ)」の1つに数えられる役として有名です。”←「歌舞伎への誘い」『本朝廿四孝』より)
☝「御渡り」の写真
☝八剱神社さんにも御柱が
。
手長神社さんで拝受した、八剱神社さんの御朱印はこちら☟(*^▽^*)
八剱神社さんのお隣には甲立寺さんがあります。
☝山号が「八剣山」ですね。
お参りして御朱印を拝受しようとすると、☝の張り紙が…甲立寺さんの御朱印は岡谷市長地
柴宮の平福寺さんで授与していただけるそうです。
☝甲立寺さんの木造愛染明王座像は諏訪市の有形文化財だそうです。(こちら参照)
※甲立寺さんの情報は「武田家の史跡探訪」さんのこちらのページや「八ヶ岳原人」さんの
「鏝塚」のページをご覧になってくださいm(_ _ )m。
八剱神社さん、甲立寺さんを参詣して、この日の〆は諏訪市四賀足長山に鎮座される足長
神社さんの参詣…陽も暮れてきましたが、手摩乳命さまの夫神をお参りしないわけには
いかない(;^_^A。次回参詣記をUPいたしますね
。





















