海の日の3連休の松本・諏訪の旅、夫の当初の予定では寺社めぐりから始めて松本城観覧、

 

草間彌生展(〝火打石〟のみ 夫自身はその間一休み(;^_^A)という計画だったそうですが、

 

松本市内の渋滞で予定変更。松本城観覧を先に楽しんで昼食の後寺社めぐりニコニコ。四柱神社

 

さんをお参りして、次に伺ったのが松本市蟻ヶ崎の松本市城山公園の近くにある放光寺

 

さん(ウィキペディアはこちら 長野県の情報【E-CURE】のページはこちら 長野県公式観光

 

ウェブサイトのページはこちら)。放光寺さんは“信濃屈指の厄除観音”として有名だそうで、

 

御本尊の十一面観音菩薩さま(こちら)は秘仏で、長野県の県指定文化財とされています。

 

こちら参照) 現在は曹洞宗のお寺さんですが、元々は真言宗のお寺さんだったそうで、

 

近頃は御札にも興味を持ち始めた夫には是非参詣したいお寺さんだったよう…寺社めぐりの

 

コース(?)はクルマを運転する夫にお任せの〝火打石〟、夫の関心に連れられるまま

 

蟻ケ崎に向かいます。

 

 

 

 

 

 

駐車場にクルマを停めてさぁお参り…ネットの情報では石段を上って参詣するルートもある

 

ようですあせる

 

 

 

 

六地蔵さまが迎えてくださいますニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☝「松本札所 二十五番 放光寺」の扁額  放光寺さんは松本三十三番札所の第二十五番

 

 の札所でいらっしゃいます。(「松本三十三番札所」についてはネットを浚ってみたのですが

 

 情報が得られなかったショボーン…) 「信濃三十四番札所」の第二番札所でもあられます。(お寺

 

 さんの公式ホームページの「観音札所」のページを参照なさってくださいm(_ _ )m。 「信濃

 

 三十四番札所」についても情報を浚えなかったショボーン…国立国会図書館の「レファレンス協同

 

 データベース」のこちらのページに「信濃三十四札所」についての記載はあったのですが…)

 

 

 

 

放光寺さんの公式ホームページの「放光寺の歴史」を拝読しますと、その歴史は天平2年

 

(730)にまで遡ることが記されていますびっくり。延暦年間(790年頃)には、征夷大将軍の坂上

 

田村麻呂が中房山鬼賊退治の戦勝の報謝として、本堂などの伽藍を建設したとも。(別の説

 

として延暦年間に中上野国の講師日光二荒山勝道上人が伽藍を建設したという説も) 大同

 

年間(808年頃)には坂上田村麻呂が大規模な寺院建立を行い、城山一帯に三十六塔坊を

 

数えたとされます。放光寺さんの御朱印には「坂上田村麻呂開基」と記されていますが、

 

“桓武朝では二度にわたり征夷大将軍を勤め”た(←ウィキペディア「坂上田村麻呂」より)

 

坂上田村麻呂の名は、これまでの寺社めぐりでも何度か目にした…浜松の岩水寺さんの

 

天竜川龍神伝説」や、福井の杉杜白髭神社さんの「ご由緒」―田村麻呂の父・坂上苅田麿

 

が延暦年間に杉杜白髭神社さんを再建されたとのこと―を思い出します。

 

 

 ※“坂上田村麻呂の中房山鬼賊退治”についてはこちらを参照なさってくださいm(_ _ )m。

   「日光二荒山勝道上人」についてはこちら(ウィキペディアはこちら)をどうぞ

 

 

さらに「歴史」を読み進めると明治5年(1872)、廃仏毀釈のため廃寺になり、本堂、観音堂、

 

仁王門、六角堂等全ての建物が売却され、十一面観音菩薩大日如来など十数体の仏像は

 

裏町の正行寺に移されたとのこと。嗚呼、「廃仏毀釈」…この言葉を聞くと憂鬱になるショボーンショボーン

 

放光寺さんは大正13年(1924)に“越場道仙和尚と放光寺信徒の方の努力で、曹洞宗の寺院

 

として再興され、お堂に本尊として十一面観音をお迎え”されたそうですが、廃寺のままの

 

お寺さんだって多くあるわけでえーん

 

 

 

 

 

☝こちらが平成13年(2014)に新築された六角堂  扁額には「大悲閣」とありました。

 

 

 

☝「六角堂(鐘楼堂)」とあります。(見えにくくて申し訳ございませんm(_ _ )m)

 

 

 

 

 

 

(☝こちらもブレブレで申し訳ございませんm(_ _ )m。)

 

 

お寺さんの公式HPの「放光寺だより」に「六角堂(NO15)」の記事(こちら)がありますが、、その

 

中で写真の像は“慈母観音”と記されています。〝火打石〟は「大悲閣」の観音さまなので“悲母観音”

 

さまと思った…まぁ“慈母観音”も“悲母観音”も同じ観音さまですよね?。☜こちら参照 ウィキの「観音菩薩」や

 

レファレンス協同データベースのこちらのページも参照なさってくださいm(_ _ )m。 “母乳を赤ん坊に与え

 

大きな愛で人々を助けるという珍しい観音様です。と「長野県の情報【E-CURE】」にあります

 

が、聖母像(マリア像)のようだねと夫と話しました。(放光寺さんの公式HPの「放光寺の仏像

 

のページにはこの“観音さま”の説明が無いんですよね…)

 

 

 

 

普賢菩薩さまの像

 

 

 

 

 

☝15・16日が「四萬八千日ほおずき市」だったそうですニコニコ。寺務所にポスターも貼って

 

 ありました(公式HPの「年間行事」参照 「放光寺だより」にもほおずき市の記事があります

 

 ☞こちら)。

 

 

 

 

放光寺さんの御朱印はこちら☟(*^▽^*)

 

 

 

 

 

御本尊の十一面観音さまの御札も拝受しましたニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

「長野県の情報【E-CURE】」では“松本では兎川寺牛伏寺と並び最も歴史のある寺院。”と

 

紹介されている放光寺さん。残念ながら今回は兎川寺さん、牛伏寺さんはお参りできません

 

でしたが、それは次の機会までのお楽しみということであせる。松本市で最初にお参りしたお寺が

 

松本で最も歴史のあるお寺だったなんてちょっと嬉しいニコニコ。優しいお姿の御本尊さまの御札

 

も拝受できたし…猛暑に気力体力を奪われながらの参詣でしたがあせる。続いて松本市美須々

 

に鎮座される長野縣護國神社さんをお参りしましたが、あまりの暑さ故か境内に人影が

 

無かった…〝火打石〟たちも熱中症には気を付けて寺社めぐりしないとドクロ。無茶な参詣を

 

してお寺さんや神社さんで倒れては神仏に申し訳ないですからねあせる