2/11、午前中は志摩市で寺社めぐりとなった〝火打石〟夫婦ですが、午後からは鳥羽市に
移動…「伊勢志摩みやげセンター王将 鳥羽本店」で活さざえを夫と〝火打石〟、双方の実家
へ送り、さぁ、いざ参らむ、志摩国一宮の伊射波神社へ
。参道が山道で結構キツイと
聞いているので内心少々怯えながら御鎮座地の鳥羽市安楽島町を目指します
。
※伊射波神社さんについてウィキペディアはこちら 鳥羽市観光情報サイトはこちら
三重県神社庁教育委員会のページはこちら 伊勢志摩観光ナビのページはこちら
鳥羽商工会議所の「鳥羽図鑑」のページはこちら
伊射波神社さんを目指している筈が、「こちらからは、参拝できません」
。「カーナビに
鳥羽市安楽島町810番地に入力し神社駐車場へお越しください」(←“810番地”の箇所が
退色してしまってよく読み取れないのですが、正しく読めているのかな??) はい、参ります
神社駐車場へ
。
安楽島舞台(鳥羽市観光情報サイトはこちら 伊勢志摩観光ナビのページはこちら)の駐車場
に車を停めます。
伊射波神社さんの案内板が
。“道のり 1.3km 徒歩 25分”…往復約1時間てことですね。
いよいよその時が来た…とその前に、伊射波神社さんの宮司さんのお宅に伺い御朱印を
拝受しました
。(案内板に「宮司宅」が表示されています。伊射波神社さんの御朱印は
宮司さんのお宅で拝受できます。)
海岸沿いの道を歩いて…
案内に導かれるままお宅を訪問
。快く授与してくださいました。ありがとうございました
。
(御朱印は参詣記の後UPいたします)
そしていよいよ参道へ足を踏み出す…ネットで得ていた情報は実際はどうだったのか
。
参道の写真をUPしますのでご覧になってくださいm(_ _ )m。
駐車場の案内板に赤い矢印で「右一の宮」と表示がありますが、それと思われる標号を撮影
してきました。(写真を拡大してご覧になってくださいm(_ _ )m) この辺りはまだそれほどキツく
はない…やがて山道を抜け、砂浜の海岸に出ます。
☝海に向かって立つ鳥居。社号標も見えます。石段を上って…ここからが本番でした
。
“昭和初期までは浜まで船で来て参拝していたといい、海に向かって立つ鳥居はその名残。”
と「鳥羽図鑑」のページ(こちら)にあります。
鳥居と海の位置関係は☝こんな感じ
志摩国一宮 伊射波神社さんのお社です。
☝こちらは御本殿
境内の「領有神の道」の案内に導かれて、“原生林と潮騒の岬” 加布良古崎へ
☝領有神(うしはくがみ)がお祀りされていました。
伊射波神社さんの御由緒はウィキペディア「伊射波神社」によると、
創建の時期は不詳だが、1500年以上の歴史を持つといわれる。『諸国一の宮』によれば、
当社は稚日女尊を海の道から加布良古崎へ祭祀したのが起源で、志摩国の海上守護神として古代から崇敬されたと言う。
とのこと。(「歴史」) 御祭神は稚日女尊さま、伊佐波登美尊さま、玉柱屋姫命さま、狭依姫命
さま(←三重県神社庁教育委員会「伊射波神社」参照)。伊佐波登美尊さまのお名前は前回
の記事(こちら)でUPさせていただいた「倭姫命旧跡地」にもありましたね。
伊射波神社さんの御朱印はこちら☟(*^▽^*)。 「全国一の宮御朱印帳」にも授与して頂き
ました
。
(☝右が「全国一の宮御朱印帳」に授与していただいた御朱印)
心配していた山道の参道は、なんとか無事に歩ききることができました
。“バス停や駐車
場から、30分ほど山道を歩いたところに海に向かって立つ鳥居があり、その先は更に急な
石畳の参道が続く。スニーカーなど、歩きやすい靴で訪れることをおすすめする。”と「鳥羽
図鑑」にはありますが、まぁその通りと言って良いでしょう。街中を歩くのとはわけが違った…
事前の情報収集が、今回のお参りではうまく活かされたと言って良いようです
。
伊射波神社さんを参詣した後、満留山神社さんも参詣しました
。御朱印はいただけません
でしたが、写真をUPいたしますね
。
☝拝殿
☝奥が御本殿です。
伊雜宮、伊射波神社と志摩国一宮を参詣して、この日の〆のお参りは二見興玉神社さん![]()
次回参詣記をUPいたしますね
。







































