地獄極楽の仏教美術から「妖怪百物語」へ。幕末から明治の前期に活躍した浮世絵師、

 

月岡芳年の妖怪画の世界を原宿の太田記念美術館に観に行く…太田記念美術館では

 

月岡芳年 妖怪百物語」「月岡芳年 月百姿」と、7/29から9/24の約2ヶ月連続で芳年の

 

世界を展示してくれるニコニコ。芳年といえば〝火打石〟は無残絵の“血みどろ芳年”と思い

 

浮かべるのですが、その芳年の描く妖怪画の展覧会となればこれは観ておかなくてはビックリマーク

 

(「月百姿」は昨年6月浜松市美術館で観ている(こちら)ので今回は申し訳ないのですが

 

パスさせていただきます汗 浜松市美術館での鑑賞記はこちらの記事を参照なさってくださいm(_ _ )m

 

 

 

 

 

 

 

月岡芳年は幕末から明治時代前期に活躍した浮世絵師ですが、〝火打石〟もそれなりに

 

浮世絵の展覧会を観てきて、なんとなくですが作品の描かれた時代がわかるようになって

 

きました(;^_^A。ウィキペディア「浮世絵」では浮世絵の歴史を“始期・初期・中期・後期・終期”

 

と分類していますが、これでいくと芳年は“終期”の浮世絵師ということになります。〝火打

 

石〟は芳年の絵を観るといつも“明治っぽい…”と感じますあせる。これは明治の浮世絵だと。

 

画業の初期の作品には江戸っぽさも残りますが(“安珍・清姫伝説”の清姫が蛇体になる姿を

 

描いた作品では、慶応元年(1865)に描かれたものと明治23年(1890)に描かれたものでその

 

変化が一目瞭然目。  また、芳年の師匠で江戸時代末に活躍した“浮世絵後期”の絵師・

 

歌川国芳が描く金太郎と、芳年のそれではやはりその違いが一目瞭然…国芳の金太郎は

 

江戸のもの、芳年の金太郎は師匠のそれとは描かれた時代が違うとはっきり感じられます。

 

☜この感想は横浜歴史博物館で開催されていた「歴史×妖×芳年」を鑑賞して感じたこと

 

なのですが…)、いかにも“芳年っぽい絵”は〝火打石〟の目には“明治の絵”なのです。

 

そしてそれは同時に“現代に通じる絵”…芳年の浮世絵は現代の劇画や漫画に直結すると

 

〝火打石〟は感じています。(NAVERまとめ公式ブログの“だらくだ”さんのこちらの記事を

 

ぜひお読みになってくださいm(_ _ )m。) 8/20には岡崎市美術博物館で「歌川国芳 水滸伝の

 

世界」を、8/27には横浜歴史博物館で「歴史×妖×芳年」を観て参りましたが、国芳と芳年、

 

師弟の作品を見比べるのは面白かったニコニコ

 

 

 

 

 

それにしても…8/11~8/31まで、谷中の全生庵さんで、芳年の孫弟子(といってしまって良い

 

でしょうか? 芳年の弟子の水野年方の弟子)鏑木清方が描いた“幻の幽霊画”が展示されていた

 

のですが(こちら参照  東京新聞の記事も→こちら)、これは観に行けなかったなぁガーン

 

全生庵さんの幽霊画はこれまで2度拝観しているのですが、今回は情報を得るのが遅くて

 

お盆帰省のスケジュールに組み込めなかったえーん。残念無念ドクロ…全生庵さんが来年以降も

 

8月に清方の“幻の幽霊画”を展示してくだされば良いけどあせる

 

 

 

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

 

 

 

“神の世界”、奇想に地獄極楽妖怪と異世界に遊んだ〝火打石〟のお盆の美術展鑑賞です

 

が、ラストはこの世に戻ってきたと言えるかな?…広尾の山種美術館で「川端龍子―超ド級

 

の日本画―」を鑑賞しましたニコニコ

 

 

 

 

 

 

川端龍子の作品は一昨年(2015年)、大田区立龍子記念館で「筆線のモダニズム」展を鑑賞

 

し、特に〝火打石〟好みの絵というわけではないのに以来何故か気になっていて、それで

 

今回山種美術館に足を運んだというわけですが、「超ド級」の「会場芸術」(☜こちら参照)、

 

観ていて爽快、溌溂とした晴れやかな気持ちになれましたねニコニコ。好みではないけど、こう

 

いう“元気の出る絵画”も素晴らしいと思う。8/11から続いた〝火打石〟の“お盆の美術展

 

ハシゴ”の〆にふさわしかったような…疲れた身体でもすっきり楽しめましたニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展覧会名:川端龍子―超ド級の日本画―

作家名:川端龍子

作品名:《八ツ橋》

所蔵者名:山種美術館

 

 

最近では珍しくなくなった展覧会での写真撮影…YAHOO!ニュースにも以前、「美術館でも

 

広がる「スマホで撮影OK」、撮った画像は自由に使えるの?」という記事がありましたが、

 

まぁ時代ですよね、こういった変化も。〝火打石〟的にはいろいろと思うことはあるのですが、

 

大事なのはYAHOO!ニュースの記事にもあるように、“作者や企画者が作品の撮影を許した

 

のは、よりたくさんの人に、より自由に作品を楽しんで欲しい、と考えたからではないかと思い

 

ます。その気持ちに沿うことが一番大事なのではないでしょうか。”ということですよね。

 

(《八ツ橋》の展示は7/25-8/20の後期展示で、《慈悲光礼讃(朝・夕)》が前期展示(6/24-7/23)でした。前期は

この作品が撮影可だったのかしら?)

 

 

 

 

5日で9展鑑賞の〝火打石〟のお盆帰省汗。こんな無茶ができるのも周囲の理解があれば

 

こそあせる。感謝してますm(_ _ )m。この後も葉月は20日に三河国(碧南市・岡崎市)、25日に

 

熱海のMOA美術館、27日に横浜市歴史博物館で美術展鑑賞あせる。一月で13展の美術展を

 

観たことに汗。いくらなんでも一介の主婦がこれはやりすぎはてなマーク。次回は残る4展の鑑賞記を

 

超駆け足でUPさせていただきますねあせる