四月八日といえばお釈迦さまの誕生日…灌仏会花まつりの日ですねニコニコ。〝火打石〟夫婦

 

はずぼら?なもので神社仏閣をめぐるのは気まま、自分たちの行ける時に行けるように参詣

 

するばかりで、霊場巡拝も七福神めぐりも中途半端だったりするのですが、この四月八日も

 

深大寺さん(ウィキペディアはこちら  調布観光ナビのページはこちら)を参詣しましたが、

 

“お釈迦さまの誕生日”を意識しての参詣だったわけではないんですよね汗。この日は

 

 

     

 

 

町田市立国際版画美術館で「江戸ノスタルジア」を、府中市美術館で「歌川国芳 21世紀の

 

絵画力」を観たくて駿州から武州多摩に出撃あせる。例によって〝火打石〟が美術展鑑賞して

 

いる間夫は寺社めぐりだったのですが、深大寺さんは夫婦で参詣ニコニコ。その様子を今回UP

 

させていただきますあせる

 

 

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〝火打石〟の母方の実家は多摩地域で、深大寺さんには子供の頃連れて行ってもらったこと

 

もあるようなのですが、如何せん〇十年も前のことなのでほとんど覚えていないドクロ神代植物

 

公園にも連れて行ってもらった筈なのに覚えていないんだなぁえーん。もう遥か昔のことだから…

 

なので今回深大寺さんを参詣することになって、ノスタルジックな気分に浸る汗

 

 

 

 

 

ほとんど薄れてしまった幼い頃の記憶をたどって、深大寺さんに…とその前にお隣の青渭

 

神社さん(ウィキペディアはこちら)を参詣ニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水神さまをお祀りする青渭神社さん。水の神様に興味のある〝火打石〟には心惹かれる

 

神社さんなのですが、この日は残念なことに

 

 

 

 

参拝の記念の御朱印を拝受できなかったえーん。はい、後日改めてお参りさせていただきます…

 

 

そしていよいよ深大寺さんへ。幼い頃の記憶が蘇るかな?。

 

 

 

  

 

☝不動堂 (「境内の御案内」参照  青渭神社さんから山門へ向かう途中にあります。)

 

 

 

 

 

☝参道にはお蕎麦屋さんが並んでいますニコニコ。(調布観光ナビ「深大寺そば」のページ

 

 こちら を参照なさってください。)

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

花まつりということで、境内は賑わっていましたニコニコ

 

 

 

 

御本堂では花御堂の中のお釈迦さまへ甘茶を注ごうと行列が。〝火打石〟夫婦も注がせて

 

いただきましたニコニコ

 

 

 

 

深大寺さんの御本尊は、“本堂に安置の阿弥陀三尊像。東京都では浅草の浅草寺に次ぐ

 

古刹である。”(←ウィキペディア「深大寺」“沿革”より)

 

 

 

☝人が途絶えてから写真を撮らせていただきましたニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

続いて元三大師堂を参詣。(「境内のご案内」参照)  写真撮影が不可だったため写真は

 

ありません。

 

  

 

 

     

 

 

「近藤勇と新選組ゆかりの地」 「河鍋暁斎の天井画「竜」」(びっくり) 「慈恵大師坐像」…暁斎の

 

天井画や元三大師さまの坐像の写真を挙げられないのは残念ですが、本来尊いものは

 

秘されるべきものですものね。

 

 

 

 

開山堂を参詣。

 

 

 

 

 

 

 

 

『縁起』によれば、深大寺を開いた満功上人(まんくうしょうにん)の父、福満(ふくまん)が、郷長

右近(さとおさうこん)の娘と恋仲となりましたが、右近夫妻はこれを悲しみ、娘を湖水中の島に

かくまってしまいます。時に福満は玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)の故事を思い浮べ、深沙

大王(じんじゃだいおう)に祈願して、霊亀の背に乗ってかの島に渡ることが出来たのです。娘

の父母もこの奇瑞を知って二人の仲を許し、やがて生まれたのが満功上人であったと伝えて

います。
長じて満功上人は、父福満の宿願を果すために出家し、南都に法相(ほっそう)を学び、帰郷

後、この地に一宇(いちう)を建て深沙大王を祀りました。時に天平五年(七三三)、これが深大

寺開創の伝説であります。

 

 

 

深大寺さんのホームページから、深大寺の歴史|深大寺開創と水神「深沙大王」の冒頭部分

 

を引用させていただきましたが、この御縁起にもあるように、深大寺さんは「深沙大王」ゆかり

 

のお寺さんなんですね。〝火打石〟は(まだ読んでいないのですがドクロ泉鏡花の『深沙大王』

 

で、その御名は知っていた…お隣の青渭神社さんもそうですが、こちらは水神さまに縁が

 

深い。なのに今回の参詣では時間も遅かったせいもあって(毎度のことですねドクロ)、深沙堂を

 

参詣できなかったえーん。(境内の西側を廻れなかったのですガーン←「境内のご案内」参照) なんて

 

ことドクロ。いいもん、またお参りするもんビックリマーク、青渭神社さんと一緒に汗

 

 

 

   

 

☝白山社…白山比咩神/菊理媛神さまこちらも参照なさってくださいm(_ _ )m)をお祀りします。

 

 〝火打石〟はこの媛神さまにも惹かれるんですよねあせる。“日本神話においては、『古事記

 

 や『日本書紀』本文には登場せず、『日本書紀』の一書(第十)に一度だけ出てくるのみ”(←

 

 ウィキ「菊理媛神」より)という、謎めいた媛神さま。加賀一ノ宮の白山比咩神社さんもいつか

 

 参詣したいなぁ…

 

 

 

 

釈迦堂を参詣。

 

 

 

 

 

「深大寺 釈迦如来倚像 新国宝指定」☞こちらのページをどうぞ。“4月18日から2017年5月

 

7日まで東京国立博物館にて展示”されていたそうです。深大寺さんには5月中旬に帰山

 

されるとのことです。(写真は複製されたお身代わりの像)

 

 

 

 

 

夕暮れ近くになって、境内の人も少なくなってきました。

 

 

 

 

 

 

それでも、花を愛でる人がカメラをかざしていたり…

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

深大寺さんの御朱印と御札はこちら☟(*^▽^*)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も暮れて、お腹も空いてきたので名物深大寺そばをいただこうということにあせる。門前の元祖

 

嶋田屋さんで「むさしの」そばをいただきましたニコニコ。美味しかったですラブラブ

 

 

 

☝お店の中からの眺め。(お店の写真を撮るのを忘れた…申し訳ございませんm(_ _ )m。)

 

 

 

 

幼い頃の記憶は残念ながら蘇りませんでしたが、それでもとても楽しかった深大寺さん参詣

 

ニコニコ。今度は植物園も観たいなぁ…青渭神社さんと深沙堂と植物園と、次回はもっとゆっくり

 

参詣できるようにしなくちゃあせる。美術展鑑賞と併せるから慌ただしくなるのよねぇショボーン。ワカッ

 

チャイルケドヤメラレナイドクロ、悲しい貧乏性えーん。もう年なんだし、無茶もほどほどにしないと。

 

反省することしきりの〝火打石〟なのでしたあせる

 

 

 

 

☝帰り道、クルマの中から撮った写真ですあせる