勝呂神社さんの宮司さんから坂戸神社さんの御朱印もいただいた夫、


もちろん御朱印だけいただいて参拝はせず、なんてことはしません。



  坂戸神社 さん     こちら のページもどうぞ(*^▽^*)



坂戸神社


坂戸神社



坂戸神社



↑坂戸神社さんの御祭神は


白髪武広国押稚日和根子天皇(清寧天皇)  白髪さま

神祖熊野大神櫛御気野命(須佐之男命)    お熊さま

猿田彦命                       天狗さま

大山咋命                       山王さま

建御名方命                      お諏訪さま

菅原道真公                      天神さま

須佐之男命                      天王さま

菊理姫命                       白山さま

倉稲魂命                       稲荷さま

誉田別命(応神天皇)                八幡さま


以上の十神と掲示されていますが、夫がいただいてきた「坂戸神社


御由緒略記」によれば、主祭神は清寧天皇(白髪武広国押稚日本


根子天皇)・猿田彦命、合祀神は神祖熊野大神櫛御気野命以下八柱


の神様となっています。神祖熊野大神櫛御気野命が問題ですね…


ウィキで浚ってみると「熊野大社 」のページに“櫛御気野命が素戔嗚尊


とは同一神と考えられていたことがわかる。”などの説明があり、まぁ


同一神の別名と考えていいと思われます。



「御由緒略記」によると坂戸神社さんのご創建は


 社伝によると、ご創建の来由は第七十代後冷泉天皇の御代、朝廷軍

である鎮守府将軍、源頼義が奥州討伐(前九年の役「永承六年(一〇

五一)~康平五年(一〇六二)」)の際に従軍した家臣、坂戸判官則明

(坂戸判官後藤太則明)によって、白髪明神が奉斎されたと伝えられて

います。


とのこと。白髪社の創祀については、“「則明の生国は河内国阪門原


で、この地には清寧天皇の御陵があり、古くから同天皇を白髪明神と


して崇めてきたことから、則明が当地移住伴い、同神を氏神として


勧請した」と記載され、平安時代末期の康平年間(一〇五八~一〇


六五)と伝えています。”とあり…阪門原→坂戸なのかな?。清寧天皇


が白髪明神というのは→こちら 。生来白髪であったため、父帝の雄略


天皇は霊異を感じて皇太子としたというとウィキに記されていますが、


つまり清寧天皇はアルビノ だったということでしょうか?。まぁその話は


さておき、創建当時元坂戸に鎮座されていた白髪社は明治十七年に


“坂戸駅北口の導願山遷座して白髪明神(清寧天皇)・白髭明神(猿田


彦命)の二神を主祭神とし、同時に稲荷前の熊野社、堀ノ内の諏訪


社、天神前の天神社を三社を合祀し、五社様として尊称され”るように


なり、さらに明治四十年には“日枝前の日枝社・白山社、八坂社、これ


に加え、粟生田の稲荷社、上吉田の諏訪社・天神八幡社を合祀し、


現在の鎮座地である字日枝前に遷座”され“社号も「白髪社」から現在


の「坂戸神社」に改められ”たのだそうです。この二度の合祀で十の


神様=“お拾神様”を奉斎されている坂戸神社さんは、“「何にでも聞く


神様として崇拝されて”いるそうです(=⌒▽⌒=)。



坂戸神社



坂戸神社



坂戸神社



坂戸神社



“坂戸郷の総鎮守”(←「御由緒略記」より)坂戸神社さん、夫が参詣


した折も宮司さんに祈祷(?)を受けている参拝者が居たそうで…宮司


さん、お忙しい中御朱印をくださってありがとうございましたm(_ _ )m。




坂戸神社



聖天宮さん、勝呂神社さん、坂戸神社さんと参詣して、この日最後に


夫が参詣したのは大宮住吉神社 さん(*^▽^*)。(こちら のページも


どうぞ) 大宮住吉神社さんは神楽が有名なようですね(=⌒▽⌒=)


大宮住吉神楽nifty坂戸市 のページもどうぞ)。次回UPさせて


いただきます(;^_^A。


          御朱印一覧はこちら へ・・・。