天祖神社さん、龍眼寺さん、普門院さん、石井神社さんとめぐってきた
夫が次に参詣したのが寶蓮寺さん(*^▽^*)。
寶蓮寺 さん
“寶蓮寺のフルネームは「東林山・華蔵院・寶蓮寺」です。
真言宗智山派に属し、今から約700余年前、第94代後二条天皇の時代
である嘉元元年(1303年)に俊鑁法印によって創建されました。”
(←寶蓮寺HPより引用)
寶蓮寺さんには正木ひろしという方のお墓があるんですね…恥ずかし
ながら〝火打石〟はこの方の名前を知らなかったのでネット(ウィキ)
で調べてみたのですが、弁護士なんですね。→正木ひろし ふ~ん、
こんな弁護士が居たんだ…〝火打石〟は大学時代一般教養で
「法学」の講義を受講したのですが成績はC
。どうも法律関係の
お勉強は苦手らしい
。なので弁護士とか聞くともう無条件で尊敬
の眼差で見つめてしまうのですが、この人は“反権力、正義の弁護士”
(掲示より)だそうで、なんか凄いなぁ…“日本のペリー メイスン”です
って!。→ペリー・メイスン でも何より〝火打石〟が心引かれたのは
“美術を愛し画家になることが「生来」の夢だった。”という件(*^▽^*)。
美術が好きだったんだ…親近感を覚えますね(‐^▽^‐)。寶蓮寺さん
は正木家の菩提寺とのことですが、勉強させていただきました。
寶蓮寺さんでは御朱印はいただけませんでしたが、花梨をもらって
きてくれた夫(*^▽^*)。花梨を手に取ってみるのは初めてでしたが、
へぇ…いっぱいあったら花梨酒でも作ってみたかったですね
。
龍光寺 さん
続いて龍光寺さんを参詣する夫(*^▽^*)。
“弘治2年(1556)に僧元栄が、江戸横山町(現日本橋横山町)に創建。
元和(1615-1624)の頃に、真田幸村の家来、成川仁右衛門忠幸という
侍が大坂城落城後一族をひきつれて、押上村に居住し、寛永元年(1624)
亀戸村に日夜信仰する薬師如来を本尊として寺を建立したのが始まりと
伝えられる。戦災により本尊をなくし、多聞寺から十一両観音菩薩を譲り
受けた。その後、当地へ移転した。南葛八十八ヶ所霊場46番。荒川辺
八十八ヶ所霊場74番札所。 ”(←「遊歩酔々」龍光寺 より引用)
“南葛八十八ヶ所霊場”って…ネットで浚ってみると、“大正から昭和に
かけて整備された東京 葛飾区 江戸川区 墨田区 江東区 足立区
の新四国霊場”とのこと(→南葛八十八ヶ所 )。“荒川辺八十八ヶ所
霊場”については猫の足あとさんの頁 や「日本を巡礼する」さんの頁
を拝見させていただくと、“東都歳時記(天保9年1838年刊行)に記され
て”いて、“文化年間(1804-)以降に始まる八十八ヶ所巡りの流行に
伴い開創”ということらしい。(『東都歳時記 』)
札所なんですね、龍光寺さん…でも「御朱印はない」と言われて
しまった夫
。悲しい…
気を取り直して参詣を続ける夫(;^_^A。再び「亀戸七福神 」めぐりに
戻って亀戸香取神社さんを詣でます。実は亀戸香取神社さんは
数年前にも一度夫婦で参詣しているのですが、その時は七福神の
御朱印をいただいてなかった…再度の参詣で恵比寿さまと大国さま
の御朱印をいただいてまいります≧(´▽`)≦。










