清水区清水町の妙慶寺 さんを参詣した後、美濃輪町の次郎長生家
を訪ねた〝火打石〟夫婦。美濃輪町には美濃輪町稲荷神社 さんが
鎮座されていますが、この神社さん、平成23(2011)年11月26日夜に
火災に見舞われ本殿が全焼してしまったのです(ノ◇≦。)。→清水
次郎長ゆかりの神社、本殿全焼 静岡市 この火災はあろうことか
放火で、少年3人が逮捕されましたヽ(`Д´)ノ。→“次郎長神社”放火
で少年3人逮捕 お稲荷様に付け火なんて、それこそ神をも畏れぬ
非道…〝火打石〟たちは数年前の年末に美濃輪稲荷さんを参詣して
いたのですが、この事件を聞いて当然ながら胸がとても痛みました。
何故そんなひどいことを…次郎長親分が聞いたらきっと激怒されること
でしょう
。
その次郎長親分の生家、今回初めて訪問…
中に入るとそこはもう時代劇の世界(*^▽^*)。
清水次郎長 …その名前は日本人なら誰でも一度は耳にしたことが
あると思います。(〝火打石〟はあまりこういう言い方は好まないの
ですが
) 「海道一の親分」清水次郎長については浪曲、映画、
テレビの時代劇などでも多く取り上げられていますよね?。〝火打石〟
は2006年に中村雅俊さんが次郎長を演じたNHKの時代劇「次郎長
背負い富士 」を(毎回ではないのですが)視ていました。
侠客の世界を美化するのは問題ですが、それでもやはりある種の憧れ
を感じるのもまた事実…現実の次郎長親分がどんな人間だったのか
はさておき、その名前からは古き善き時代のロマンが漂います。親分
に関するエピソードは数多ありますが、〝火打石〟が最も心打たれる
のは「咸臨丸事件」…慶應4年(1868年)8月、“旧幕府 海軍副総裁の
榎本武揚 が率いて品川 沖から脱走した艦隊のうち、咸臨丸 は暴風
雨により房州 沖で破船し、修理のため清水湊に停泊したところを
新政府海軍に発見され、見張りのため船に残っていた船員全員が
交戦によって死亡した。その後逆賊として駿河湾 に放置されていた
遺体を、次郎長は小船を出して収容し、向島の砂浜に埋葬した。
新政府軍より収容作業を咎められたが、死者に官軍も賊軍もないと
言って突っぱねたという。”(←ウィキペディアより引用) “死者に官軍
も賊軍もないと言って(新政府の咎めを)突っぱねた”という、ああ、
これってギリシャ悲劇の『アンティゴネ
』じゃない
。〝火打石〟の
ギリシャ神話好きは以前にもお話させていただきましたが、その延長
でギリシャ悲劇も大好きです(;^_^A。エピダウロス の古代劇場で上演
される古代悲劇が観てみたい
。(“現在も夏場に劇、オペラなど
公演が開かれている。”←ウィキより) アンティゴネ は“ギリシア神話
に登場するテーバイ の王女。長母音 を省略してアンティゴネとも表記
される。父はオイディプース 、母はその妃で母親のイオカステー 。”
(引用同) 父を殺し母と結ばれ子を生したオイディプス(エディプス)の
悲劇はあまりにも有名ですが、その子らもそれぞれに悲劇を伝えられ
ています。神話/悲劇の詳細は省きますが、父オイディプス亡き後
その息子達は王位を争い、一人は敵国と組んで祖国テバイに戦争を
仕掛け、その結果兄弟は共に戦死。彼らのおじが新王となり、祖国に
反逆したポリュネイケス(息子の名)の遺体の埋葬を禁じますが、その
王命に背いてアンティゴネは埋葬を敢行しようとします。(そして彼女は
処刑されるのです。) ソフォクレス のこの悲劇について語り始めたら
〝火打石〟もう止まらない
。なのでこのくらいにしておきますが、
次郎長親分とアンティゴネ、共に公権力に逆らっても死者を埋葬しよう
とした…“死者に官軍も賊軍もない”、“それでも、あの世の神さまは、
この儀式を要求するのです。”(←「世界の古典つまみ食い 」
『アンティゴネ』(前半)
より引用) 長々と書かせて頂きました
。
興味のない方には退屈だったと思われますが、でもどうしてもこのこと
には触れておきたかった…明治の侠客とギリシャ悲劇の王女、古今
東西人間て変わらないんだなぁ。次郎長親分とアンティゴネのこの
“共通点”、〝火打石〟はもっと知られてもいいと思っているのですが
。(そもそもギリシャ悲劇自体が知られてないんですけどね
)
まぁ〝火打石〟の 妄言はさておき…
↑勝札と道中安全札(‐^▽^‐)。思わず購入しちゃいました
。
他にもいろいろなお土産が売られています(*^▽^*)。
次郎長生家を出ると、寺社めぐり再開…上清水の禅叢寺さんを参詣
します。上清水では禅叢寺さんと専念寺さん、八幡神社さんを参詣した
のですが…次回にUPいたしますね
。
※次郎長親分の銅像が清水区南岡町の梅蔭禅寺 さんにあります。
梅蔭禅寺さんの御朱印はこちら↓










