大体、だ。色に惚けるという字面からしてもう人智を超越した様々な感情が渦巻いている気がするのだ。
色
というニュアンス感抜群な語に
惚ける
を最初に組み合わせた人に是非ともお会いしたいものだ。きっと粋な人だろうから現代の日本酒を手土産に話したい。きっと永六輔のような人だろう。
俺も惚けたい。今の私が「惚」という字に近い文字を使う機会など精々「お惣菜」の「惣」だ。枯れ どころでは無い。灰 である。発想が。
機会があればお惣菜をお惚菜って書いてやる。
どうもわたるです
海・その愛
先日兄が住んでいる日立に遊びに行った。高速を飛ばして一時間弱で着くので手軽にチョットした小旅行気分を味わえる為、割と頻繁に荒らしに行く。
兄の住処は本当に海沿いの街で。潮風が吹き、漁港があり、灯台があり、坂道だらけで、自然と共存。そんな内陸住みからすると何とも心惹かれる場所なのだが。そんな地に赴いているのにもかかわらず、しみじみと海を見つめる、なんてことは今の今まで一度たりともしたことが皆無であった。一体何をしていたのかというと、昼過ぎに兄の家に到着、以後朝方までテレビゲーム、昼過ぎに起きて兄の家の鍵を閉め帰路に付く。という信じられないほどの日生産的な時間を過ごしていたのだ。しかも何回も。
今現在我が家にはテレビゲームと呼ばれるものは一切なく。ゲーム的なものといえばパソコンの中のシムシティのみで。ゲーム的なことがやりたい時はポチポチと街を作り、意味も無く突然増税したり、減税したりして楽しむしか無い。二年ほど同じ街を作り続けていたせいでディスプレイのなかでは信じられないほどの未来都市が出来上がっている。ダメな市長でも続けてみればなんとか成るものである。
そんなたまりに溜まったゲーム欲を兄の家で発散消費し、現実に戻るという糞の様な人間である。
しかし糞は糞なりに糞のままではいかんと考えるかどうかは解らぬが、一応は私も表現したい側の有機物。「いんすぴれぇしょん」なるものを得ねばなるまいて、その為には外部からの刺激が必要じゃき。と感じた私はやはり糞では無いのかもしれぬ。などと考えながら兄貴のゲーム機を破壊。とまではいかぬ故にコントローラをそっとソファの上に投げ。愛車 HONDA フィットに乗り込み海を目指した次第である。なぜ海かというなら、そこに海があったからというのもそうだし。海を見て育った人間というのはやはりいい唄を歌うからで。敬愛して止まない音楽家にも多く海辺で育った人が多い。桑田佳祐、井上陽水、海援隊、ナンバーガール…は解らぬが福岡出身だしきっとそうだろう。椎名林檎も同じだ。きっと。
つまり海は凄いのだ。
そんなこんな思いを巡らせながら海に到着。なんというか一言。矢張り圧倒。よくもまぁ話がバンドのギターリストの人は「大きな水たまりだ」などと表現出来る。水たまりにしては大きすぎるだろう。これは。否、そんなんでは無い。もう、人は海の子だと再確認した。波が寄せてくるだけでこうも人はワクワクする物なのか。とんでも無く広く、とんでも無く圧倒された。言葉にするとひどくチープではあるが、いかに自分が小さいか、確認、理解できた気がした。
圧倒される事五分ほど。はた、と頭にじわじわと押し寄せてきた旋律があった。
これだ。
そう思い、小躍りしたいが、そんなことしてる場合じゃねぇと目を閉じて見たところ、流れてきたのは紛れも無くエレキの若大将、加山雄三であった。海よおれの海よ~。と現代でも多くの婦女子を虜にするだろう声が頭から離れることなく。この名曲に勝る旋律など浮かぶわけも無く、悔し紛れにボイスレコーダーで波音を録音し、小躍りをしつつ兄の家に帰り、そっとコントローラを取り上げバイオハザード6の続きをやっていた。
ちなみに兄は狂った様に海鳥の写真を撮っていた。俺が帰ろうとしてもまだ撮っていた。
何が彼をそうさせた。
恐らくエレキの若大将。
女の子と赴きたいの。とか。シンデモイウモンカ。
ちなみに日立の健康ランドは実に素晴らしいのだがその話はいつか書けたら書こう。
く8コミ~イカモドキ~
チャンス
まじで
見れる時には見た方がいいものっていっぱいある。思い出はやっぱ記憶で、極論、五感で体感するほうがより多くの刺激を感じられる。
後悔ない生き方なんて絶対出来ないからせめて可能な限り得られる物は現実的に得るべきなのだ
とか、思った。つまらなくなることはないかもだけど、現実は変化するから、寂しいとかはあるのだよ。
寝れない。くそっ。寝ずにいくか。むしろそっちの方が元気が出る気もしてきた。取り敢えず目瞑って体だけ休ませていこう。せめて。
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