以前、このブログでも紹介した、フランス人ピアニスト、シプリアン・カツァリスです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20160802/22/fete-a-la-merguez/03/c5/j/o0500050013713475500.jpg?caw=800)
シプリアン・カツァリスは1951年フランス、マルセイユでキプロス人両親のもとに生まれます。1964年パリ音楽院に入学、その後、チャイコフスキー国際コンクール入賞など、キャリアを積みました。
とりあえず、どんなピアニストなのか、youtubeの映像を見てみましょう。
Beethoven/Liszt - Symphony No. 5 in C minor, Op. 67 (Cyprien Katsaris)
カツァリスの代表作と言えるものは確かに、他のピアニストとは一線を画しています。ベートーヴェン交響曲ピアノ編曲編はその最たるものです。ベートーヴェンの交響曲といえば、一般的にもなじみの深い曲だと思います。実はあまり知られていませんが、この曲は編曲の天才であったリストによって全曲ピアノ曲として編曲されています。
この9番までの全曲を始めて演奏して録音したのがカツァリスです。
Cyprien Katsaris plays his Fantasy on "Happy Birthday to you" for Yehudi Menuhin's 70th birthday
こちらの映像では、リストに扮したカツァリスがヴァイオリン奏者ユーディ・メニューインの70歳の誕生日を祝って、モーツアルト、プロコフィエフ、ベェートーヴェン、ブラームス、ショパンなど有名作曲家の様式に編曲し、はたまたタンゴなども混ぜながら誕生日の歌を弾くものです。聴くだけで思わずそのパロディの見事さに笑ってしまい、またこれ以上にないカツアィスからのお祝いの気持ちが感じられる素晴らしい映像です。
Cyprien Katsaris LIVE in Tokyo - Improvisation on his own light music
2009年日本での公演で初めて自身による作品も発表しました。
現在65歳。ピアニストとしては大御所と言えますが、母国フランスでも知名度はそれほど高くないような気がします。おそらく、クラシック界に即興的な演奏をするピアニストを異端視してしまう一種の保守的な風土があるのが原因かと思います。同様の理由で、ロシア人ピアニストのアルカディ・ヴォロドスなども、その超絶技巧のレベルに相応しい一般的評価を得ていないように思えます。
では、カツィアリスはエンターテイナーであってピアノ演奏家ではないのでしょうか?
そういったこととは裏腹に、カツァリスはある画期的な賞を受賞します。1985年のショパンコンクールの際1度だけ行われた最優秀レコード賞にカツァリスの「バラード・スケルツォ集」が選ばれたのです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20160802/22/fete-a-la-merguez/3e/de/j/o0300029713713475499.jpg?caw=800)
これはショパンコンクール審査員が過去のショパン作品の録音をブラインドで聴き、最も優れていると思われる演奏を収録したアルバムを選ぶというものでした。以降色々な問題がでてきたため、これ一度きりの選考となりましたが、ここで他の権威あるショパン演奏家の録音でなく、カツァリスが選ばれたというのは実に興味深いと思います。
Scherzo No.2 op.31 Cyprien Katsaris
youtubeの映像はカツァリスによるショパンのスケルツォ2番の演奏です。スケルツォは本来イタリア語で「冗談」を意味しますが、ショパンのスケルツォはそうしたユーモア的な軽やかさがないスケルツォだとよく言われます。確かにポリーニ演奏によるスケルツォなどは、重厚感あふれ、情緒の一切存在しない無機的な構築物のような存在感を示しますが、このカツァリスのスケルツォは、軽やかで、遊び心に溢れる演奏になっています。
忠実性と即興性というのは、クラシック音楽の世界の作曲家と演奏家の中で起こる永遠のテーマであるように思えます。
確かに、作曲者の意図を無視して、悲しい曲を陽気な曲に変えてしまったり、厳密に計算された展開を台無しにする演奏では困ります。しかし、作曲者の意図と「思われる」オーソドックスな解釈ばかりの演奏になってしまったら、それはそれで、クラシックは生命力を失い、古びた文献のようになってしまうことでしょう。現在でこそ、「古典」と言われるクラシックですが、作曲当時は最新のコンテンポラリー音楽でした。ピアノの演奏会は一種のライブのようなものでした。即興的に編曲してよりその場の雰囲気に合った演奏がされたりもしたようです。
カツァリスの映像を探していてとても興味深い2008年のフランスの番組を見つけました。カツァリスが客演しています。テーマは大作曲家と即興です。
Cyprien Katsaris - Improvisation, La boîte à musique, Jean-François Zygel (2008)
(以下内容の部分訳)
0:30司会者:即興王といえばリストですよね。
カツァリス:ピアノに関してはその通りです。
司会者:リストは当時はコンサートで他の作曲家の即興編曲ばかり演奏していて、自身の作品、ピアノソナタなどはめったに演奏しなかったといいます。観客がリストにお題を与えて、リストがそれにそって即興で編曲するという風にです。そこで、カツァリスには当時人気だったオペラにそって即興をしてもらえると今夜のテーマをよく浮き彫りにすると思うのですが。
0:55(カツァリスが演奏をします。)
それからバッハ、ベートーヴェンの即興に対する態度についての紹介があり、それぞれカツァリスが実際に演奏しますショパンの幻想即興曲の一節を弾いた後、司会者が尋ねます。)
10:12司会者:ショパンは即興演奏を行ったでしょうか?彼が即興を演奏会で行っていたという形跡はありませんし、第一彼はコンサート嫌いでパリでも十数回コンサートをしたのみです。
カツァリス:実は有名なワルツの中にショパンが即興で弾いたと思われる確かなアノテーションがあります。これは彼のフランス人の最高の弟子であったマダム・デュ・ボワの楽譜に書き込まれたものです。これからそれを見てみましょう。まずはそのワルツを素のまま演奏してみましょう。
司会者:あ、僕がまず最初にマダム・デュ・ボワになぞってワルツを演奏して、カツィアリスがあとでショパンの即興部分を加えるということですね。やってみましょう!
(以上内容の部分訳)
聴きなれたショパンのワルツ、もちろんそれだけで完成された世界ですが、それが演奏される状況次第では作者であるショパンでさえも思わず付け加えた優しく美しい旋律。これが音楽なのだと思います。
いかがでしょう?カツァリスは際物のピアノ弾きでしょうか?見方を変えれば彼ほど音楽そのものに向き合っている演奏者もいないような気さえしてきます。
というか、正直言いますと、彼、素敵だと思います。なんというか、その感性、技巧レベル、音楽に対するスタイルどれもが筋金入りで、作曲家、音楽、自分が見事に対等に調和しているように思えます。
ちなみに彼は、以下のサイトによるとプライベートでもとてもお茶目な人物らしく、さらに好感度アップです。
http://2style.net/vivapianizm/katsaris_maniax/deta.html
おおよそかいつまむと以下の通り。
偏食王で、食わず嫌い。ご飯には醤油をかけて食べる。東京駅八重洲地下のとんかつを食べて以来熱烈なとんかつフアンになる。お気に入りのとんかつ屋を銀河一旨いと形容し、来日の際には足しげく通う。生ものは一切食べないが、かっぱ巻きといなり寿司は大好きで人のを盗んでまで食べる。女性が大好きで、演奏会場に好みの女性がいると一層演奏レベルが上がるとのこと。でも独身。
魅力的すぎです。この方。是非一度一緒に回転寿司に行きたいと思うのは僕だけではないはず。
Bonne musique!