読者の皆様
こんにちは。
国内フォトワーク事業部、監査、武蔵大学3年の保泉です。
今回のテーマは
あなたが日常生活で思うことです。
私が日常で思うことは
考えることを意識し、考える癖をつけるということが大切だと日々思っています。
考える事の重要性はみなさんそれぞれに思う節はあると思うので触れませんが、
なぜ考える癖をつけることが必要か。
それは科学技術の発展、最近だとIot、AIといったものが生活を便利にし、
人々から考える機会、能力ことを奪っていると感じるからです。
考える能力を失った人間は無価値と判断され、ロボットに使われる、、
といった社会も間近かもしれません。
語弊を避けたいのですが、
便利さを否定しているのではありません。
便利さが余力を生み、その力が他のところに適応され、そしてまた便利になる。
とてもいいことだと思います。
しかし便利さは人々から考える癖を奪うという側面も忘れてはいけません。
考えることを奪っている例として
◯oogle Maps、自動運転が挙げられます。
◯oogle Mapsはとても便利ですね。
目的地さえ指定すれば、何メートル先右折とか音声で指示してくれます。
なにも考えずに目的地に到着することができます。
◯oogle Mapsや携帯電話が無いときは
地図を広げ、目的地は◯◯ビルの隣にあり、一番近い道のりは、、
と考えいたはずです。
むしろ考えなければ目的地に到着することは出来ません。
自動運転ですが、これがかなりのレベルで普及したら、かなり便利ですね。
ドラえもんの世界に近づけますね!
いやトラック運転手の仕事を全て奪ってしまうという側面もありますが。
説明せずとも、運転はかなりの神経を使い考えることでしょう。
これもまた自動運転とうい便利さが人々の考えるということを奪っていることになります。
◯oogleなくして、生きられない。
これでは、神様、仏様、◯oogle 様になってしまいますね。
◯oogleをなくせと言いたいのではありません。
ではなにをすればいいのか?
簡単です。日頃からただただ考えるだけです。
そしてなぜの追求をすることが大切です。
ここでは、電車、街のゴミ拾いと日常生活を例にあげたいと思います。
電車なら交通広告、利用者の属性、座席やつり革といった機能等
考えるネタはいくらでもあるでしょう。
例えば◯◯大学の広告がありました。なぜ◯◯線なのか?
◯◯線に高校が多いから。
これでは浅はかです。
もし仮にその大学が偏差値70あり、その沿線にあるどの高校も偏差値50くらいでしたら
その高校からその偏差値70の大学を受験する学生は1人いるかいないか。
しかしその沿線には、偏差値の高い大学を目指す予備校多くあるのでしたら
広告を出稿している理由はわかります。
都内でしたら多くの予備校生が電車通学だと思いますし。
また広告に記載されている文言は、
受験生がその大学を受験したいと思わせるようなものなのか?
思わせるものならなぜその文言が刺さるのか?
街のゴミ拾いであれば
誰がこのゴミを捨てたのだろうか?
→ゴミから性別、年代層、ゴミを捨てる人の特性の予測することができます。
ゴミ拾いを効率的やる方法は?
→効率的な方法があれば横展開し人員を少なくことがするできますし、
一人当たりの時間の短縮に繋がります。
そもそもゴミがない街づくりをするには?
→ゴミ箱の設置の検討、法の見直しを考えられるかもしれません。
と言ったように考えるネタはそこら中に転がっています。
そしてなぜの追求をすることで本質的な部分が見えてきます。
社会は今Iot,AIに注目し取り入れ
企業は生産性を上げ、人々の生活は大変便利になってきています。
しかしそれは人間の考えるという機会や能力を奪っています。
人間が人間らしく生きるには
自らで考える機会を意識的につくり、考える能力を向上していくことを忘れてはいけません。
そして考える癖をいち早くつけることが大切です。
無論、僕もまだまだですので、考える癖をつけます。
武蔵大学人文学部英語英米文化学科3年
監査、国内・フォトワーク事業部
保泉泰宏